世界の長距離スポーツ理論 by デイブ・スコット

世界の長距離スポーツ理論 by デイブ・スコット

<このページのまとめ>

◆ 長距離レースでは「体内の糖質」を終盤まで温存したい
◆ 差が付くのは「脂肪のエネルギー化」能力
◆「糖質制限&高脂肪の食事」はその一手法
◆ アイアンマン世界選手権エイジ新記録も支えた最新理論
◆ 伝説的トライアスロン選手&指導者、デイブ・スコットの場合

糖質制限によるスポーツという世界的トレンド

 当サイトでは、独自の専門的知見と実績を併せ持つゲストのお話をもとに、「大人の冒険」を後押しする情報を提供してきました。中でも最も読まれているのが「“糖質制限 × 長距離スポーツ”の教科書 by 小谷修平」です。

 朝食前にカロリー摂取せず70km走り、大会では24時間で255km以上を走るウルトラランナー小谷さんにとって、食べたものを活動エネルギーへと変換する「代謝」は重要な競技能力です。それはこれまで大いに苦しめられてきた課題でもあり、対策として「糖質制限&高脂肪食によるトレーニング」を採用し、成功した自らの事例を解説いただいています。

 特殊なケースかと思われたかもしれませんが、実はこれ、世界的なトレンドの一端でもあります。

 2018年10月のアイアンマン世界選手権の市民部門でで8時間24分のコース記録を樹立したニュージランドのダニエル・プルーズ(Daniel Plews)はスポーツ科学分野の大学教授として脂肪活用の研究をしています。自らを実験台としてトライアスロン競技を行い、論文のみならず競技成績によってもその成果を証明しています。

 トライアスロン界の生ける伝説デイブ・スコット(Dave Scott、以下デイブ)もその一人です。例えばデイブが今トレーニングで使用する補給ドリンクは、小谷さんの糖質制限食とほぼ同じエネルギー構成比率だそうです。

 この記事では、そんなデイブ流の “糖質制限 × 長距離スポーツ”について、日本語のネット情報にはあまり見ない深さで解説します。

トライアスロンの歴史を創ったデイブ・スコット(65歳)

 総距離226kmを己の力のみで移動する長距離トライアスロン「アイアンマン」の競技史において特別な尊敬を集めているのがデイブです。彼がなぜ特別なのか? 歴代最多の世界選手権優勝6回など圧倒的な実績もありますが、トライアスロンが誕生した初期に競技レベルを一気に引き上げた功績も無視できません。

 デイブは1980年、ハワイ・オアフ島で開催された第3回IRONMAN(次回からハワイ島コナへ会場変更)に当時26歳で初出場で優勝し、さらに前年11時間台の優勝タイムを9時間24分へと一気に引き上げました。現在でも十分に速いタイムです。それまで「完走するだけですごい」チャレンジイベントがデイブの登場以後、トップアスリートがスピードを追求する競技へと脱皮していったのです。

 この第3回大会はABCテレビでTV中継され、「アイアンマンはすごい!」という認知が全米で、そして世界中で一気に拡がりました。日本では翌1981年夏に早くも鳥取県の皆生で初の国内大会が開催されています。

 選手を引退した後のデイブはトップ選手のクレイグ・アレキサンダー(2008,2009,2011年の世界王者)やクリッシー・ウエリントン(2007,2008,2009,2011年の世界王者)を指導し、トライアスロンを新たなレベルへと引き上げました。彼の生きた歴史がそのままトライアスロンの歴史を創ってきた、正真正銘の「生ける伝説」です。異名は”The MAN”、あえて訳せば「男の中の男」といったところでしょうか。しかもIRON”MAN”という競技でこう呼ばれることに特別さを感じます。

 

(1989年アイアンマン世界選手権 右No.23がデイブ、左No.5がマーク・アレン選手 デイブ・スコット Facebook2014/11/12投稿より)

長距離レースのための高脂肪食

 そんなレジェンドが2018年6月に来日し、講演レポートがKONA Challenge supported by MAKESウェブサイトに掲載されています。この中で、

 “炭水化物を減らし、より多くの良質な脂質と適度な良質のタンパク質を摂ることで、胃腸や肝臓、心臓、肺などすべての内臓に良い影響が生まれます。・・・レースでもトレーニングでも糖質をあまりとらなくても済むようになります。”

(「PART2. 健康でヘルシーな生活が パフォーマンスアップの鍵」https://kona-challenge.com/monthly20180702.html より)

 と、糖質抑制&高脂肪食を市民トライアスリートに自分に合うかどうかを試してみるよう勧めています

 ここで脂肪分とは、良質なものをバランスよく摂ることが強調されています。たとえばアボカド、オリーブ、ココナッツ、ナッツ類、良質なハード・チーズ、全卵、青魚など、主にオメガ3脂肪酸などが豊富な良質な食品由来の脂肪が推奨されています。

デイブの食事の変化

 この脂質活用能力を高めるために、デイブがトレーニング中に飲むドリンク

  • 脂質70%(ココナッツオイルやナッツバターなど)
  • タンパク質 20%
  • 炭水化物 10%

ウルトラランナー小谷さんの日常の食事

  • 脂質75%
  • タンパク質19%
  • 糖質6%

とほぼ同じカロリー比率です。

 違いとして、小谷さんはトレーニング中には基本的にカロリー摂取をしません。またデイブの日常の食事は詳細不明ですが、糖質制限食であるのは確かです。

 そんなデイブも現役時代には糖質を大量に摂っていました。著書 『デイブ・スコットのトライアスロン』 (英語版1986年刊)によれば、32歳当時の食事は

  • 脂質:10-15%
  • タンパク質:10%
  • 糖質:70以上(穀物など複合糖類を中心に、砂糖などは単糖類は控える)

とおどろくほど糖質中心です。

 またタンパク質は体重1kgあたり1g以下とかなり少量です。タンパク質を摂りすぎない方針を保ったまま、主なエネルギー源を糖質から脂質へと大幅にシフトしているようです。

 ちなみに彼はベジタリアンですが、現役当時から筋肉量が多く栄養に「唯一の正解」は存在しないものだなあと思います。

長距離レースは「糖質の省エネ化」が重要

 そもそも長距離レースとは、「速さ」と「持久力」を両立させる競技です。

 言い換えれば、「より大きなエネルギー」を「より長く産出し続ける」競技です。

 体内に蓄えた糖質でエネルギーを賄うことができれば問題ないのですが、例えば90分を超えるような長時間では不十分となります。運動しながら補給食として食べる、又はスポーツドリンクなどを飲んで補うわけです。ただし胃腸が消化できる量に限界があり、さらに運動中は胃腸の働きが弱くなります。

 そこで重要になるのが体脂肪です。脂肪は身体に予め大量に貯えられているので、脂肪のエネルギーをより多く活用できれば、有限な糖質エネルギーを節約できます。

 念のため、ここで「脂肪を活用する」とは、「メタボ体型解消のために体脂肪を減らすこと」(TV-CMでよく流れていますよね)ではありません。運動習慣のない方はまず無理のない運動から始めた方がいいかもしれません。

高脂肪食で速くなる理由

 スポーツにおける脂肪活用のためには、高脂肪食以外にも選択肢があり、小谷連載「5. 脂肪活用への経験論」でも軽く触れています。

 共通要素をざっくり言えば「日常的に低血糖の状態に慣れておくことで、レース後半の状況に慣れる」といえるでしょう。トレーニングの初期から「血糖値が低めな状態」を作るということで、「長時間トレーニングの後半と同様の状況」を短時間のトレーニングでも始めから用意することができます

 こうした選択肢の中でも、「糖質制限&高脂肪食」の効果は特に高いようです。

講演でデイブは

“炭水化物の依存度を減らし、脂質を燃焼させることでケトン体を効果的に作ることができるようになります。このケトン体をエネルギー源として使うことで、栄養補給による身体への負担を減らし、効率良く動き続けることができるようになります。”

と「ケトン体」について触れていました。通訳を介し時間の限られたセミナーでは省略されていましたが、それらの仕組みについては、小谷セミナー連載第一回「1. 長距離スポーツのエネルギーの基本」で詳しく説明しています。

ダニエル・プルーズ教授の脂肪活用理論

 冒頭に紹介したダニエル・プルーズ選手はオークランド工科大学教授として自分自身や指導するトライアスリートを素材とした研究内容を「脂質酸化とレース補給」(Fat Oxidation and Race Fuelling) と題したブログ(2019年3月)で発表しています。

 ダニエルは脂肪活用力を高めることで毎分1.2 gの脂肪を酸化(エネルギー化)できるようになりました。この数値は運動不足な一般人(毎分0.28g)の約4倍、通常の市民トライアスリート(0.53g)の約2倍にもなります。
 レース中に摂取できる糖質の量には限りがあり、(実際、無理な食べすぎによる胃腸トラブルを起こす参加者は多い)脂質活用力の差はレース中に体内の糖質が枯渇するタイミングの差となります。すなわち、速さの差として現れるのです。

まとめ

以上まとめると、

  • レース中に同じスピードで「脂肪由来のエネルギー産出」を増やしたい
  • 「糖質消費のペース」を抑え、糖質をレース後半まで温存したい
  • 「体脂肪の活用力」を高めるトレーニングをする
  • 一手法として「糖質抑制&高脂肪食」の活用
  • 「より大きなエネルギーを、より長く産出し続ける」ことを目指す

 というわけです。

 なお、これらはあくまでも「エネルギー利用効率」を高めるためのメソッドです。省エネだけでは不十分であるのは言うまでもなく「スピードと持久力」も必要です。

 そこでデイブが勧めるのが「短時間・高強度」でのトレーニング方法です。次回解説します。