世界の長距離スポーツ理論 by デイブ・スコット

世界の長距離スポーツ理論 by デイブ・スコット

<このページのまとめ>

  • 長距離でも短時間高強度トレーニングを
  • 毎週のメイン練習は「スイム+バイク1+ラン1」で十分
  • 週1の長時間練習は3時間以内に抑える
  • 高強度トレーニングは心臓にも健康的
  • 美しく年齢を重ねよう

正解のない環境で、道を探りあてる

 トライアスロン界の生ける伝説、デイブ・スコット(Dave Scott, 以下デイブ)は選手時代の圧倒的な競技成績で知られていますが、もう1つすごいのは「トレーニング理論家」としての能力です。この視点から経歴を整理すると、

  • アイアンマンのデビュー(1980)は、大会初開催(1978)の2年後。その時代に「3種目226kmの超長距離トレーニング理論」は存在しなかったと思われる
  • 1986年には自らのトレーニング法を体系化し、著書にまとめている(今でも名著としての評価が高い)
  • 1989年には、8時間10分の驚異的なタイムを出している(トレーニング情報・機材・選手層などが進化した今から見ても極めて速い)
  • 選手引退後はコーチとして、クレイグ・アレキサンダー(2008,2009,2011男子世界王者)やクリッシー・ウエリントン(2007,2008,2009,2011女子世界王者)はじめとする偉大なトップ選手を育成して理論を実証している

いかがでしょうか?その理論家として実力のほどがわかるのではないでしょうか。

 つまりデイブは、「正解のない環境で、わかっていることを手がかりに、新たな道を探りあてる」能力が高いのです。

競技のために学び、学びを競技で活かす

 著書 『デイブ・スコットのトライアスロン』は1986年に英語版が出版されました。30年以上が経ちましたが、今読んでもほぼ違和感なく読むことができ、その質の高さに驚きます。しかも競技開始から6年以内に書かれたものなのです。

 デイブはトライアスロンを始めた当時カリフォルニア大デイビス校(UC Davis)で運動生理学を専攻する学生でした。競泳やオープンウォーター・スイミングを専門とするアスリートでもあり、ワイキキ・オープンウォーター・スイミング大会(初期アイアンマンのスイムパートと同コース)での優勝経験があります。競技のために学び、学びを競技で活かす状況にありました。

 しかし当時最先端の運動生理学といえども、「8時間以上かけて3種目を連続するためのトレーニング方法」は存在しなかったのではないでしょうか。そこで、スポーツ科学の基本理論を自分なりに応用し、試行錯誤しながらまとめていったのだろうと思います。

 自己流を試行錯誤するほかなかった当時、オーバートレーニングによる故障、あるいは心臓など健康面のトラブルが原因で、早くに引退した名選手は多かったようです。

 しかしデイブは世界選手権で優勝6回、2位3回、40歳になって2位、最後の完走は42歳での5位入賞(8時間28分)と長い間、世界トップで戦い続けることできました。もちろん様々な要因によるものですが、「トレーニング方法を大きく間違えていなかったから」こそ実現した成果でしょう。

 昨年の来日時のデイブ(HOKA ONE ONE 公式フェイスブック 2018/06/11より)

短時間高強度トレーニングは世界的トレンド

 そんなデイブが今、強く推奨しているのが高い強度での短時間トレーニングです。昨年の来日時セミナーでは持久性のある速筋線維(T2a)を鍛える25秒〜5分間のトレーニングの有効性をとりわけ強調していました。

 通常、長距離スポーツのメインエンジンは長時間稼働できる遅筋繊維(T1)です。しかし遅筋では出せるパワーに限界があります。さらに遅筋重視のトレーニングは長い時間が必要なので、故障や健康面でのリスクが高まります。

 一方で、速筋(T2a)は遅筋より5倍のパワーを出すことができます。エネルギー消費量も比例して5倍必要で、筋肉内に貯えられた糖質(グリコーゲン)を消費してしまうリスクを考慮する必要があるのは、前回説明した通りです。

 そこでデイブは適切なトレーニングにより、消費された糖エネルギー(筋グリコーゲン)をレース中に回復できるようになると説明しています。また速筋をタイミングよく使うことでメインエンジンである遅筋をセーブする効果が生まれます。

 1989年のトライアスロン世界選手権におけるデイブとマーク・アレン選手との死闘は、”IRON WAR”の名で伝説になっています。

 スイム3.9km、バイク180kmと両者1秒以内にゴールし、ランでも抜きつ抜かれつの並走が続きました。8時間にわたる緊迫した勝負は、ラスト3km地点でついにマーク・アレンが突き放し、ゴールでは58秒差をつけて決着したのでした。

 マークのゴールタイムは8時間9分15秒、デイブ1986年の従来コース記録を19分22秒短縮し、2011年にデイブが指導したクレイグ・アレキサンダーによって破られるまで22年間にわたり守られました。その時のラン42.2km2時間40分4秒の記録は、2016年にパトリック・ランゲ選手が2時間39分45秒で更新するまで27年間守られました。 このマークの偉業に隠れてしまいましたが、デイブのゴールタイム8時間10分13秒も自身のコース記録を18分更新する素晴らしいものでした。(なお、トライアスロンのタイムはコース設定により大きく変わるため公認の世界記録はなく、大会ごとに「コース記録」が残ります)

 デイブは来日時、このレースについて「それぞれ何度もペースアップを仕掛け、ふるい落とそうとする中で、速筋を使っていた。その後で再び回復できたから、長い距離を崩れることなく高速で走り続けることができた」と説明していました。

トレーニング・メニュー

 こうした速筋のトレーニングのためのメニューは、

  • ウォーミング・アップ:12分間
  • 高強度のメイン練習:25秒〜5分間(オススメは2分以内)の高強度を繰り返し行うインターバル・トレーニング。たとえば「50秒×2回 + 30秒×6回 + 40秒×3回」×2セット
  • クールダウン6分

 レストを抜いた高強度部分は通常8−12分間が十分で、上級者でも20−24分間が上限です。やりすぎてはいけません。

 レストの目的は心拍数を下げることにあり、通常は「高強度2:レスト1」くらいの配分です。ただし蒸し暑い日本の夏では、心拍が下がるのに時間がかかるため「高強度1:レスト1」など目的を優先し柔軟に変えても良いそうです。

 練習は、まず「主目的」を達成することが重要ではないでしょうか。メニューはその目的を達するための手段にすぎず、表面的な数字に縛られないほうがよいと思います。

生活の中にトレーニングを埋め込む

 こうした練習なら30〜60分間で全てを完了することができ、生活の中に組み入れやすいですよね。練習回数の配分は、3種目をこなすトライアスリートを悩ますポイントです。

 この点でデイブの推奨は週あたり

  • バイク:1回
  • ラン:1回
  • スイム:2回まで

 この練習回数の差は回復時間の差です。

 スイムは疲労を早く回復できるので週に2回できますが、バイクとランは疲労が残りやすいので各1回に抑え、かつ1日の間を空けます。たとえば「月曜バイク 火曜スイム 水曜ラン 木/金曜スイム」といったようにバイクとランは連続させません。

 つまり週のうち平日は4回、計4時間ほどでOKです。移動・着替えなどの時間を加えても、十分に生活の中でできそうですね。これに週末の練習を加えていきます。

長時間トレーニングの抑制

 トライアスリートの多くは勤勉で、長時間の練習にも積極的に取り組む方が多いようです。しかし「高強度」を増やすなら、代わりに「低強度×長時間」を減らしてバランスをとることが必要です。

 講演でもデイブは、

ロングライドや長いランなどのトレーニングは3週間〜1カ月に1回くらいでいいでしょう。毎週やってはいけません。

クリッシー・ウエリントンは(ロングライドは)2〜3週間に1回、長さは最大でも4時間半でした。

 と長時間練習を限定するべきことを説いています。

 毎週行う練習は長くて3時間まで。たとえば「毎週土曜にバイクのロングライド、日曜に長距離ラン」なら「ランは最長でも75分間に抑え、20−30km走などではしないほうがいい」と具体的です。

 これら詳細は、講演レポート「PART1. 高強度トレーニングは 短時間で精度高く」で説明されているので、関心があれば一読ください。

心臓の健康

 「速筋線維(T2a)のトレーニングが心臓の負担を抑える」との指摘も興味深いです。筋肉が心臓同様にポンプのように作用することで、多くの血液を楽に循環させることができ、心臓の負担が減るようです。

 さらにデイブは最近、公式ページで

 と動画メッセージを連続投稿しています。

 本人コメントを含めて整理すると

  • 心臓は運動用途で使うには限度がある
  • 長時間ハードに使い続けると問題をおこしやすい
  • 短時間の高強度トレーニングにより心臓を健康的に鍛えることができる
  • オメガ3系脂肪と抗酸化物質をしっかり摂ることで心臓のダメージを抑えられる

 など説明しています。(これらは昨年の来日セミナーとも共通する内容です)

必要要素を分解する

 このように、さまざまな視点での手法を総合して、限られた時間内でのトレーニング効果を高めていくわけです。「目標達成に必要な要素を分解して、それぞれに対策する」要素分解をする発想です。

 「レースが長距離だから練習も長距離が必要」と考えるのは自然な発想ではあります。また実際に多くの市民アスリートが、月間練習量などの総量を増やすことをモチベーションにトレーニングしています。

 一方で、量を重視しすぎると生活バランス、故障や健康問題などのリスクも高めます。デイブは、自ら選手として、またコーチとして、実体験としてこうした状況を熟知しているはずです。そこから導かれた手法は、フルタイムで働き、さらに基礎体力や回復力が落ち始める30代以降の参加者が多い市民アスリートには、特に役に立つことと思います。

美しく年齢を重ねる

 私が昨年のセミナーに参加し、その場で感じたのは、デイブが実に若々しくエネルギーにあふれていたことでした。来日前にはフィリピン大会にゲストで招かれており、慣れない蒸し暑さもあって疲れ気味であったにもかかわらず、です。

美しく、上品に年齢を重ねましょう (Ageing Gracefully)

 このフレーズが印象的で、当時64歳のデイブならではの説得力がありました。

 ウェルビーイング・ラボの人気記事「痛みのマネジメント論 by 河合隆志 ― 3. スポーツの痛みへの対処法」では

競技としてのレベルを上げていくほど、体のケアはシビアにしていく必要があります。「やりすぎてはいけない」とよく言われますが、これは真理でしょうね。

 と痛み専門医、河合先生が語っています。

 デイブ自身は「長年の競技生活によるダメージはあった」と言っています。スポーツ医学が今ほど発達していなかった時代に世界トップで長年競技してきた中で、体へのダメージは避けられないことかもしません。それでも長い人生の中で、それらを「心身の健康に良い経験」へと変えてゆくことはできる実例ではないかと感じました。それを実現するのはアスリート自身の努力ではないでしょうか。