最終回:人的資本の「レバレッジ」ー マルチステージ人生に「勝ち負け」はない(田中研之輔 Vol.4)
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最終回:人的資本の「レバレッジ」ー マルチステージ人生に「勝ち負け」はない(田中研之輔 Vol.4)

ウェルビーイング・ラボ セミナー開催報告

「教育投資のレバレッジ術」 ~学費を”掛け算”で取り戻す親の心得~

講師:田中研之輔(法政大学キャリアデザイン学部教授)
2018.7.14 東京・渋谷メイクスカンファレンスルーム

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経団連の「就活ルール」廃止が波紋を広げる中、7月に講演いただいた田中教授が、AERA、プレジデントオンライン連載、と相次いで登場、今後も大手メディアの取材が続いています。変化は就活に限りません。「働き方」がグローバル規模で変わろうとしています。

これまで日本では、20世紀の高度経済成長期より「所属先の組織名」で「キャリア資本」がほぼ決まりました。しかし今、その効力は薄れつつあり、対応のカギは「社会関係資本」への重点投資にあることを、前回記事では説明しました。最終回の今回では、講演タイトルの「教育投資のレバレッジ」とはなにか、そして「マルチステージ化する100年人生」の本質を説明します。

住宅ローンも「レバレッジ」

このセミナーのタイトルに使った「レバレッジ」という言葉は、もともとは物理学の「テコの原理」ですが、世の中では「掛け算で増える」といった意味合いで使われています。もう少し正しくいえば、「他人のおカネを使って、儲けを増やす」ということです。

  (編集部より: 他人のおカネを使う、というとなにか腹黒い気もしますが、多くの日本人が実行する「住宅ローンで家を買う」という行為も、銀行のおカネ(正確には預金者のおカネ)を使って資産を購入する、立派なレバレッジによる投資です。利益・損失も必ず発生しています。ただ多くの方は売らずに一生住み続けるので、気づきにくいのですが。)

努力には「レバレッジ」が効く

では、キャリアにおける「レバレッジ」とはなんでしょうか?

人が社会でなにかをしようというとき、まず順序として、自分自身でできる努力をしながら、他人に協力をお願いしますよね。これが、キャリアのレバレッジをかけるということです。

まず、自分でできる努力をする。これは無限のリソースです。しかし実際、多くの人は何かを真剣に努力するということをしていないのではないでしょうか? 本気で継続すれば、周りから抜きん出ることができます。その成果は何倍にもなって返ってきます。

努力とは、いいかえれば自分自身の「人的資本」のリソースを注ぎ込むということです。それは返済不要の借金を積み上げるようなものなのです。


(小室哲哉さん特別セッション法政大学 2017.7.17)

他人からの協力は、もっと「レバレッジ」が効く

もう1つのレバレッジとは、「他人の協力を得る」ということです。

前回は社会関係資本の8つの要素について説明しました。
このうち、「ネットワーク」「参加」「行動」といった要素は、多くの他人の協力で実現するものです。言い換えれば、「他人の行動」というリソースを活用する、ということです。

社会関係資本の豊かな人、とは、おカネの世界でいえば多額の借金をしているようなものですが、おカネと違って数字で返す必要はありません。かといってタダ乗りしようとすれば、そのうち信頼を失いますよね。このことも「信頼」「互酬性」といった社会関係資本から理解できます。

こうして、「他人から借りるおカネ」を、「他人からの信頼・行動・協力」に置き換えるとよくわかるのではないでしょうか。社会関係資本には、レバレッジが効くのです。しかもこちらは住宅ローンと違って、無制限に活用できる可能性があります。

リスクを取らないというリスク

会場の参加者
質問です。金融のレバレッジには、借金が返せない、というリスクがありますよね。キャリアにおけるレバレッジのリスクはどうでしょうか?


田中教授
はい、このようなキャリアのレバレッジの仕方には、リスクはないですよね。
むしろ、リスクを取らないことがリスクになると思います。人生100年の時代にはどこかでリスクを取り続けていくべきでしょう。今までのように、チャレンジなく逃げ切る、ということはどんどん難しくなっていくのではないでしょうか。

社会関係資本は、大学側が「ふやす仕組み」を用意すべき

さきほど、「努力は無限である」と言いました。1つ注意すべきは、努力の方向がズレてしまわないように、ということです。大学時代では特に、社会関係資本に対して努力を向けることが大事です。それが高校までの受験とは大きく変わる点です。社会に出れば社会関係資本の勝負です。そのシフトへの準備をするのが大学時代です。

ここで必要なことは、そんな社会関係資本の育成を個人の責任にさせない仕組み作り、サポートだと思っています。

例えば講義では、二人一組で考えさせることを頻繁に行っています。これはセミナーや講義進行の手法として知られていますが、単に受講者を居眠りさせないためのテクニックでありません。ペアで考えた結果は、自分だけの判断ではなくなるし、その相手を後押しする力にもなります。恐れから一歩踏み込めない、という相手の背中を押してあげることにもなります。

「社会関係資本は大事です、だから自分で磨きなさい」では、高い学費の対価として不十分ですよね。こんな仕組みを用意するのも大学側の役割だと思っています。

社会の変化にも社会関係資本で対応する

これからの時代、自分のキャリアや就職先に問題が起きるという場面に、これまでよりはるかに多く、遭遇することになるでしょう。

そんな場面でも、新しい世界を拓くのは社会関係資本であることは多いでしょう。
(※第三回「最もレバレッジの効く資本」参照)

逆にいえば、社会関係資本への投資をしていないために詰んでしまう、ということが起こるでしょう。

変化を予測することはできません。しかし、変化に備えた「対応力」なら、高めることができますよね。

マルチステージ人生に「勝ち負け」はない

現在、大きな社会的問題になっているのが、仕事におけるメンタルヘルスです。例えば上司やお客さんとの関係など職場のストレスによるうつ病などです。従来型の単線的キャリアでは、逃げられないから、このリスクが大きくなってしまいます。

現実に起きてしまったら、やはり専門家に支援を仰ぎたい。ただそれ以前の段階で、選択肢が不足しているようにも思います、それは「会社だけが全てじゃないじゃん、やめてもいいじゃん」と本人が思えるという選択です。

「1本のレールの上で確実に積み上げてゆくキャリア」という世界観だと、一度つまずいたらそれで終わりです。でもマルチステージの人生なら、幾つもある転換点の1つに過ぎません。いったんやめて、「エクスプローラー」の期間に入ればよいのです。

そんな場面で有効なのが、社会関係資本です。足りないなら、社会関係資本が増えるような経験を積めばいいのです。

相手が子供の場合、たとえば不登校などの場合にも同じです。学校に行かなくたって、社会関係資本を積むことはできるのです。学校に行かないことで独自の経験を積むことができたら、それは無駄な時間ではなく、立派な将来への投資なのです。

このマルチステージの世界観は、勝ち負けの二択の人生ではありません。いかに選択肢を用意できるか、という人生です。従来の一本レールの価値観では負けと思えてしまうような場面で、選択肢を創り出すことで、自分にとっての勝ちに転換できるのが、今起きている変化だと思います。

変化をことさらに恐れる必要はありません。 変化の正体を理解し、できることをやっていきましょう。

(以上)

~編集後記~

「マルチステージの世界観は、勝ち負けの二択の人生ではありません」。全4回にわたる連載を締めるメッセージです。
しかし前回記事のタイトルには当初、「勝ち組」という言葉を使っていました。紛らわしいですね! (本記事は編集部が構成しており、タイトルもメディア界の慣例にならって編集部がつけています。やはり紛らわしいので、その後修正しました)

あえてその言葉を使った理由は、続く文章の、「従来の一本レールの価値観では負けと思えてしまうような場面で、選択肢を創り出すことで勝ちに転換できる」という趣旨に沿っています。自分自身が満足できる結果を得る。その組織に所属して終わりではなく、そこを起点に100年人生を豊かにするキャリア資本を築き上げる。その選択肢は複数あるから、選択肢の数だけ「勝ち」はありえて、決して、勝ちか負けか、の勝負ではないのです。

そんな新しい時代の世界観、そして行動の仕方のヒントが、1つでも見つかれば嬉しいです。

田中教授の就活を巡る論考は、以下メディアに掲載中です。
◆AERA 2018年1119日号
 大特集「新卒は中途のライバルになる2018.11.12発売

◆プレジデントオンライン
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(構成:ウェルビーイング・ラボ編集部)