85歳のトライアスロン世界王者(稲田弘 × 山本淳一Vol.2)
コト

85歳のトライアスロン世界王者(稲田弘 × 山本淳一Vol.2)

ウェルビーイング・ラボ セミナー開催報告

85歳の身体パフォーマンス論

講師:世界記録アイアンマン稲田弘 × コーチ山本淳一
2018.12.2 東京・渋谷メイクスカンファレンスルーム

・・・

76歳で稲毛インターナショナルトライアスロンクラブ(稲毛インター)に入会した稲田さんは、急速に実力を上げていきました。

編集部でお借りした練習日記には、2009912()「稲毛トライアスロンクラブ体験会」とのメモがあり、これがはじめての出会いのようです。

17()には、

  • 「スイム 稲毛2000mフォーミング中心 マスターズ1000m 疲れていたが何とか泳ぐ」
  • 「バイク 95km坂道上る 引き足けりあげ意識」
  • 「ラン バイクのあと1km走る 土手」
  • 「筋トレ」
    (腕立て伏せなど、全身を使う基本的なトレーニングをこまめにされています)

と、76歳とは思えないような充実した練習をされています。
翌日は、「ラン土手 300m 稲毛へ行く予定 少し走るもしんどい やめる」と自ら疲労度を判断し、休養に変更されています。

こうして76歳から新たなスタートをきって2年後の2011年、稲田さんは韓国のアイアンマン予選を15時間台の好記録で通過、初のアイアンマン世界選手権コナ大会を迎えます。

78歳、初のハワイ世界選手権

山本淳一さん(以下山本):
2011年、78歳ですね、練習はすごくうまくいっていました。
バイクの練習で、ぱっと後ろを見たら、

山本コーチ
稲田さんが集団に付いて来ている!
ということがあったり。平地だけならずっと付いていることも多かったですよね。

稲田弘さん(以下稲田):
あの頃は結構、速かったですね。若かったからね。(会場笑)
いやあ、70代なんて、すごい若いからね。(会場笑)
今から思えば、ですよ。

山本: 10月、コーチとしては自信を持ってハワイの世界選手権に送り出したんです。
そしたら、レースの日の深夜に電話がかかってきたんですよ。
稲田
スイムでリタイアした
って。
まさかレース中、しかも序盤で、こんな電話がくるとは思ってもいなかったんです。今ならGPSのトラッキングをネットで見れるので何かあるとわかるんですが、当時はそんな情報はなくて、いきなりですよ。

稲田: 初めてのコナは、体調はものすごく良くて絶好調でした。でもスイムで過呼吸を起こしてリタイアしたんです。実は、食べ過ぎが原因だったんです。

5時から受付(ナンバリング)で、スタートが7時から。この間やることがなくてですね。エイドには食べ物、飲み物がたくさんあったので、ずっと食べて飲んで。レースが始まればスイムのあいだ食べれないでしょ?今のうちに食べないと、と不安になったんです。ドリンクもボトル2本ぐらい(1600750ccほど)飲んじゃったかな。

スタート直前には腹がダッポンダッポン。水に入った途端にもうダメだと思いました。お腹が動かないから呼吸もうまくできない。2kmくらいのコース折返しの救護ボートに引き上げられて、岸までボートで戻って救護テントに運ばれて。ただの食い過ぎなので救護も何もないんですけど。自分のバイクを引き取って、大観衆の中でバイクを押していくと、
観客
(この人、何やってんだ?)
という目で不思議そうに見られる。
惨めで、宿に帰ってしばらく泣いていたんです。そして山本さんに電話しました。

山本: まさかスイムでリタイアするとは思ってもいなかった。まだ、ランで足をつったとか、バイク器材のトラブルなら納得いくんだけど。

稲田: ただの食い過ぎだからね。(笑)

山本: レース前に食べ過ぎたらダメ、っていうことは言ってはいたんだけど、当日朝の5時から7時の間、具体的にどうするか?という話まではしてなかったんですね。ホテルはすぐ戻れる場所だったし、戻って休んでれば良かったのに。

胃腸が丈夫な稲田さん

山本: 稲田さんは胃腸がすごく丈夫で、食事に行っても自分と同じ一人前を食べるんです。本人は普通だと思ってるけど、すごいことです。

稲田: 食べないとだめ、という気持ちはあります。

山本: ハワイに一緒に行って気づいたのは、出されたものを全部食べようとするんです。そして帰ってから、

稲田
お腹いっぱい、食べ過ぎた・・・
ってなるんです。それこそ昔の日本の食文化ですよ。
稲田
もったいない!
作ってくれた人に申し訳ない!
目の前にあるものは食べておかないと、次いつ食べられるかわからない!
という、食が足りなかった頃の。

でも向こうはドギーバッグで持ち帰る文化があるじゃないですか。たくさん出るんですよね。だから、稲田さんお腹いっぱいになったかな、と思ったら、
山本コーチ
もういいでしょ?
と止めるのも役目です。

79歳の生徒とコーチ

稲田: 山本さんがすごいのは、自腹で付いてきてくれることです。僕は本当に、この人と出会わなかったら絶対に今の僕はいないと思ってます。

山本: 言い過ぎです。(笑)

稲田: いや、兄弟でもやってくれないようなことをしてくれるので。翌年、

山本コーチ
ハワイ付いて行きますよ。
って言われた時は驚きました。
稲田
嘘でしょう?
って聞いたら、
山本コーチ
食べ過ぎないように監視しに行くんですよ。
って返されたんですが。
普通のコーチじゃない。変な人でしょう?(会場笑)
ずっとそういう関係が続いて。

山本: コーチからすると、100%大丈夫!という選手を送り出して、できなかったという落胆は大きい。
山本コーチ
自分がやってきたことのどこがダメだったんだろう?
って思います。
せっかくここまでやってきて、最後の最後でこんなことで結果が出ないのは悔しいですよ。
それで翌年から帯同するようになったんです。スタートまで送り出して、そこから先のレースは選手自身のものだから、稲田さんを信じて待つ。そこまではもっていきたい。

— そして翌2012年、プーケットの予選で出場権を獲得して二度目の世界選手権へ。8084歳で初優勝します。(11月誕生日のため実年齢は79歳だが大会では年末基準のため)
15時間3825秒という記録は、過去の80代完走者の記録を大きく塗り替え、世界のトライアスロン界から大きな注目を集めました。

稲田: 初めて優勝したんですけど、あの時は余裕だったんですよ。

山本: それだけの練習をしていましたよね。

80歳からの難しさ

山本: ずっとコーチをしていますが、年齢の影響ってすごく大きいんです。みなさん、70代前半まではあんまりタイムは落ちないんですが、76歳あたりからガッと落ちる事が多いです。60代、70代で強かった方が、80超えて突然難しくなっていくのを見てきました。

稲田さんも7980で明らかに変わりましたね。8485でもだいぶ違います。ここ何年間かはいつも心配です。いろんな意味でね。道を間違えたりとか。

稲田: それは今に始まったことじゃない。昔から、しょっちゅうです。(笑)

— 実際、稲田さんは80歳と10ヶ月で迎えた2013年世界選手権は制限時間オーバー。以後も世界選手権へ連続出場しますが完走できません。特に2015年(83歳扱い)は制限時間を5秒だけ越えてしまい、そのゴール地点での動画が世界的に注目を集めることになりました。しかし翌年に4年ぶりの完走を果たし二度目の世界王者となり、最高齢完走記録も更新しました。

稲田: 体力は、毎日、落ちている実感がありますよ。

稲田
今日はきついなあ、なんでだろう?
あ!歳だからか?
という毎日です。
トレーニングして速くなるのと、体力が落ちているのと、常にせめぎあっている。
落ちるのはしかたない、それをいかに食い止めるか、です。技術的な面も、食事も含めて、楽な方法を毎日考えてます。
稲田
もっと楽にできないか?
今やってることを、もっと楽にできないか。
もうそれ以外に考えられないですね。

だから、1つ1つの動き、普段歩いている時も、姿勢も、そういうのずっと意識しています。普段の歩き方や姿勢もずっと意識しています。それで技術的には少しでもうまくなっていると思う。
稲田
昨日よりも今日の方がいいな!
という感覚はあって、それと体力の低下とのバランスで、何とか同じスピードが維持できている。
本当に、いかにカバーするか、歳をとってきたらそれしかないです。

山本: 稲田さんがすごいのには理由がいくつかあります。

  • 練習量
  • 技術的向上
  • 丈夫な胃腸
  • 継続力

などです。説明していきましょう。

(続く)

(構成:ウェルビーイング・ラボ編集部)