85歳のトライアスロン世界王者(稲田弘 × 山本淳一Vol.3)
コト

85歳のトライアスロン世界王者(稲田弘 × 山本淳一Vol.3)

ウェルビーイング・ラボ セミナー開催報告

85歳の身体パフォーマンス論

講師:世界記録アイアンマン稲田弘 × コーチ山本淳一
2018.12.2 東京・渋谷メイクスカンファレンスルーム

・・・

連載第3回は、山本コーチからみた稲田さんがすごい理由、

  • 練習量
  • 技術的向上
  • 丈夫な胃腸
  • 継続力

のうち、まずは86歳とは思えない練習量から説明していきます。

余裕あるレースをするために


  (2018年10月ハワイで開催されたアイアンマン世界選手権、稲田さんゴールは9分58秒から。10分間のダイジェスト動画の最後15秒間を飾ります!)

山本淳一さん(以下山本):
ファンの皆さんは、稲田さんのハワイのレース動画を見て、

稲田ファン
がんばってる!
すごい!
って言いますけど、それは結果だけ見ています。
練習の方がよっぽど頑張っています。普段の練習を見ていれば、練習であれくらい頑張っているから、レースであれだけ走ることができるんだってわかりますよ。

稲田弘さん(以下稲田):
そんな練習をやらされているからね。(笑)
だからレースで楽をできる。

山本: そう、本当にハワイでは余裕のある範囲内でレースをしています

週間サイクル

稲田: 練習スケジュールは、チームみんなの練習が週4日、自主練習が週2日。仕事で週1日NHKに行っています。
仕事の日は練習しないので、オフ日は週に1度です。

  (稲田さんはNHK退職後も契約社員として海外向けニュース原稿の添削を続けています。同じ職場のスタッフは最近までトライアスロンをしていることを知らず、「元気なおじいちゃん」だと感心していたそうです。
  ちなみに稲田さんは学生時代から英語が得意で、中学3年生で米軍将校の通訳になり、高校1年生で和歌山県の英語弁論大会で優勝、アメリカ留学の権利を獲得。船の出航中止というアクシデントにより流れてしまいますが、かわりに大阪のインターナショナルスクールで学ぶことになり、早稲田大学英文科へ進学、NHKに記者として就職しました。)

山本: オフといっても千葉から東京まで仕事しに行っているので、完全オフというわけでもないですね。
トレーニングメニューを作るうえで、特に社会人の方には完全オフの日を作りたいのですが、稲田さんは休みたくないって言うんですよ。1日でも休むと体力が落ちるからって。


― (会場からの質問) オーバートレーニングにはならないんですか?

稲田: 日々体力は落ちていますから。例えば、3−4年前に平気でやっていたことが、今きつくなっているという状況はありますね。だからオーバーワークは避けますが、それ以上に、休むリスクの方が大きいです


― (質問) 意思決定はどのようにしていますか?

稲田: その時の体調に合わせて自分で決めています。チーム練習のメニューはありますが、例えばバイク100kmのメニューでも、走り始めて調子良くなかったら70kmのルートに変更したりしています。

山本: ただ、スタートに来ないということは、まずないです。スタートラインには並ぶ。合宿中、

稲田
昨日よく寝てない、やりたくない
って前日に言うんですけど、結局、朝のスタートにはいます。

月間サイクル

稲田: 合宿がキツイんだよね。

山本: 今は館山の合宿(アスリート・ワークス)がメインで、毎月1回、1泊2日、スイム・バイク・ランのほぼ3種目のミニ大会のようなもので、この合宿にピークを合わせて1ヶ月の練習メニューを組み立てています

10月の世界選手権でシーズンが終わってから、また翌年に向けて準備をしていくわけですが、合宿の度に、1月より2月、2月より3月、と調子が上がっていく。1月はバイクだけだったのが2月にはランが出来る、3月は明るいうちに帰って来れる、と成長していくのがよくわかります。練習の平均速度も速くなっていく。

スイムは平均3000m、バイクは最高170kmで最短120km、プラス30分程のジョグ(ゆっくりラン)など。

稲田: スタートだけみんなと一緒で、何百メートルかで一人になっちゃう。時間がやたらかかるので同じ距離でも一人旅になります。ただ、一人旅の方が気楽なんですけど。

山本: だから今では、あえて、2-3人稲田さんにつけるんです。

稲田: 僕は一人で走りたいと思っているのに、人をつけられちゃうんですよ。

山本: 人間そうじゃないですか。一人だと、サボるとまではいかなくても、力抜くじゃないですか

稲田: コーチ厳しいんですよ。

山本: 合宿はショートの日ならデュアスロンで、バイク10km+ラン2km3本とか。
稲田さんは仕上がってくると、バイク10kmを時速3233km、ラン2km11分くらい、ラストの1km5分で走ってくる。500mを往復するので1kmのタイムがわかるんですね。

世界選手権2ヶ月の夏合宿

山本: 予選に出る時は6月頃(※前年に世界選手権を優勝していれば予選免除)、その後の練習のピークは8月、長野の涼しい志賀高原で45日間の合宿です。

稲田: 長野できついのは、30kmぐらい登りがあること。でも僕だけ全然休ませてくれないんです

山本コーチ
次のコンビニで休憩しましょう!
って走り始めて、みんなはコンビニで食べたり休憩したりしているんですが、僕が着くと
山本コーチ
はい、行きましょう!
と。

山本: 標高1600mの高地なので、涼しいんですけど、バイクは山ばっかりになります。あと空気も薄い。

稲田: バイク・ランはまだいいんですが、スイムがキツい。丸池で泳ぐんですけど、あれは本当にきついですね。息が出来ない。空気が薄いから吸おうとすると過呼吸になってしまいます。

<編集部より:初優勝2012年の練習>

— 稲田さんは79歳10ヶ月で迎えた2012年アイアンマン世界選手権コナ大会で、15時間38分という新記録で初優勝を果たします。この年の練習ノートを紹介しましょう。



シーズン始まりは毎月、館山合宿へ千葉のご自宅からバイク自走で移動します。

●バイク
1月:1日目 180km、2日目 120km
2月:1日目 130km「雨と風でひどい目に合う、両足つって歩けず」、2日目 106km
3月:1日目 140km「暴風雨の中」、2日目 100km

と記され、2日連続でのタフな長距離練習を積んでいます。

4月半ばには腰痛を発症、以後1ヶ月ほどバイク・ランの練習量が明らかに落ちています。毎日のように「マッサージ」という記載もありました。

5月後半からは練習内容が安定しはじめ、

●スイム:2500m前後(週3−4)
●バイク:100km(週1〜2)+ 40km程度(週1)
●ラン :12km(週2)+ 数km(週1)

    といった内容が標準的パターンのようです。
    バイク 40km程度のつなぎ練習日には、「ママの墓」という目的地が多く登場しており、ご家族愛を感じます。

    6月24日、愛知県常滑市のセントレア・ハーフアイアンマン大会(計113km)で世界選手権出場権を獲得。

    本格的に暑くなる7月後半には、5日間ほど那須高原での自主合宿。

    さらにレース9週間前にあたる8月半ばには、前述の通り、冷涼な志賀高原での合宿で、

    【8/11(土)】
    ●バイク:周回 9km×5 45km
    ●ラン :ゴルフ場 5km

    【8/12(日)】
    ●スイム:丸池 500m「息苦しくこれで止める」
    ●バイク:渋峠まで 52km(2172m)標高差 700m
    ●ラン :朝6時から1時間ゴルフ場 16時から1時間皆でリレーなど 3km

    【8/13(月)】
    ●スイム:丸池 500m「息苦しい、寒い」
    ●バイク:周回 9km×6 54km
    ●ラン :鉢山まで登山 3km

    【8/14(火)】
    ●ラン :タイムトライアル1周 2.5km×6周 15km

    と、ハードな山間部で充実した練習を積んでいます。

    つまり、ここまでほぼ毎月1度、合宿や大会でピークを作ってきたことがわかります。
    合宿後は標準的パターンに戻り、直前期の長時間練習としては、

    【9/18(火)】
    ●スイム:2600m
    ●バイク:100km

    【9/29(土)】
    ●スイム:600m
    ●バイク:100km

    の大会15日前が最後です。
    レース直前の2週間は練習量をしっかりと落とし、体力を蓄えていきます。

    大会直前1週間は、

    【10/6(土)】
    ●スイム:2500m
    ●バイク:ねずみ坂まわり 70km、筋トレ

    【10/8(月)】
    ●スイム:500m
    ●バイク:ママの墓まで 30km

    【10/10(水)】日本出発 9:30
    【10/10(水)】ハワイ着 12:48
    ●バイク:バイクメンテのあとAliDrive 20km


    【10/11(木)】
    ●スイム:Kaikua Pier会場で試泳 約1500m

    【10/12(金)】
    バイクチェックイン(受付)
    ●ラン :Ali Drive 4km

    そして、

    【10/13(土)】
    ●スイム:3.8km
    ●バイク:180km
    ●ラン :42.195
    km

    【10/14(日)】
    アワードパーティ(表彰式)

    としっかり記載されています。

    全体的に、OnとOffのメリハリがよく効いていて、しっかり鍛え、かつ、しっかり休んでいるなという印象です。そして、何度も登場する「ママの墓」に、心の強さの理由が見えるような気もしました。

    (続く)

    (構成:ウェルビーイング・ラボ編集部)