「糖質制限 × 長距離スポーツ」の教科書(小谷修平Vol.1)
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「糖質制限 × 長距離スポーツ」の教科書(小谷修平Vol.1)

ウェルビーイング・ラボ セミナー開催報告

「糖質制限×脂肪燃焼」で長距離レースを戦うということ

講師:小谷 修平(おだに・しゅうへい)
ウルトラマラソンランナー、ランニングコーチ、株式会社修徳代表
2018.11.28 東京・渋谷メイクスカンファレンスルーム

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最近、健康への意識の高い方で「糖質制限」という食事法が注目されています。スポーツも同様で、世界の長距離レース界でも「低糖質・高脂肪」(Low-Carb High-Fat, LCHF)として実践例が増えています。
この食事法を1年間以上にわたり調査しながら自ら実践するプロランナー&コーチの小谷さんをお迎えしたセミナーは、約2時間にわたり参加者からの質問の挙手が絶えない、熱気あふれる場となりました。

ウェブ連載に向けて再構成、初回は基礎知識を整理しました。あらゆる長時間スポーツに役立つ教科書になるでしょう。

「耐久スポーツにおける糖質制限」の仕組みと効果

私は、「糖質制限しているウルトラランナー」小谷修平(おだに・しゅうへい)、こう見えても30歳(笑)
市民ランナーの人たちの自己実現をサポートする仕事をしていて、セミナーなどで市民ランナーさんの知りたいこと伝えたり、悩みを解消する商品を開発・販売したりしています。

 

私が一番好きな競技が「24時間走」です。大学でランニングをはじめ、自己ベストは大学院2年の256km。世界選手権にも日本代表として出場しています(陸連から公費派遣)。この1年ほど、糖質制限食を本格的に取り入れており、先日の神宮外苑24時間チャレンジ2018(東京, 11/10-11)では、セカンドベストの255kmで第3位に入りました。練習量はベストを出した頃の半分(月間400kmほど)なので、今のところ成功していると思っています。

こんな私の体験もふまえて、本日はここにいる皆さんが知りたいことをお伝えします。特にストーリーはなくて、スライドとかも用意していません。だから、今日が楽しくなるかどうかは皆さんの行動にかかっています。積極的に質問、議論にご参加ください。

  (編集部注:当日はここからいきなり質問タイムに入ったのですが、記事化にあたり、再構成してお届けします)

運動中のエネルギー産出の仕組み

まず、人体が動く基本から確認していきましょう。

普通の動物は、食べて獲得したカロリーを、筋肉の中にあるエネルギー生産装置に投入し、筋肉を動かします。このエネルギー産出の仕組みを「代謝」=たいしゃ、と呼びます。
ここでエネルギー源とは、「三大栄養素」の

  •  糖質 (Carbo)
  •  脂肪 (Fat)
  •  タンパク質 (Protein)

3つが重要です。

  1. 短時間の運動では糖質が中心
  2. 長時間になると脂質の割合が増える
  3. さらにエネルギーが不足すると筋肉のタンパク質を分解


という順序で使われます。

糖質

糖質は大きなパワーが出て、脳の基本エネルギー源でもあり高性能ですが、量が少ないのが弱点です。そこでバックアップシステムとして、脂肪・タンパク質を分解して糖を生む「糖新生」という仕組みもあります。

脂質

脂質はパワーこそ低いものの、長時間にわたりほぼ無限に活用できるエネルギー源です。

① 脂肪 → エネルギー
② 脂肪 → ケトン体 → エネルギー

の2つのルートがあります。「ケトン体」とは聞き慣れない方も多いかと思いますが、脂肪から作られるエネルギー材料で、脳のエネルギー源にもなることが大きな特徴です。
ただし普通の人は①の脂肪直接活用のルートだけ。②のケトン体を活用できるためには、糖質制限などの特別な対応が必要です。ケトン体は脳のエネルギー源ともなるので、ポテンシャルが大きいです。

つまり今回のテーマを絞ると、ケトン体の活用法、と言い換えることができます。

人体実験:朝メシ前の100km走

具体例をお話しましょう。私は春頃、朝食前、10時間ほど絶食した状態で、100kmを無補給(水と電解質のみ摂取)で走り、10kmごとに血糖値を測る、という実験をしました。私にとって自分の身体が一番の実験装置です。

(編集部注: 詳細はブログ「小谷修平のランニング講座」2018.04.12記事をご参照ください:100km無補給RUNの血糖値変化【糖質制限7ヶ月目】
ちなみに小谷さんは東京大学工学部計数工学科、大学院は工学系研究科技術経営戦略学専攻。ガチな計測スペシャリストです。)

結果として、最も血糖値が低い状態はゴールの100km地点、52−53。これはかなり低く、人によっては運動どころではない状態です。

※グラフは上記ブログ記事より

しかし私は元気に走れていました。なぜか?

  1. ケトン体が活用されていたから
  2. 筋肉には十分な糖があったから


だと考えられます。

2つめ、糖がどこにあるのか?という点について、絵を描いて説明しましょう。

糖質の3つのタンク

私たちの体の中には、「糖質のタンク」が3つあります。

  1. 筋肉: 下半身で 230g ぐらい(920k カロリー)
  2. 肝臓: 100g ぐらい (400k カロリー)
  3. 血液: 5g ぐらい (20k カロリー)


量は体重
53kgの私の場合です。


※図は編集部作成

 

血糖ってほんの1%だけなんですね。「血糖値」という言葉はよく使われますが、実際には体の中の糖質全体を言ってるんじゃないんです。その濃度を脳のセンサーがモニターしていて、その結果だけで、お腹がすいたり、力が抜けたり、走れなくなったり、ひどくなると頭がクラクラ目がチカチカしたりするんです。

だから、実際にタンクといえるのは筋肉と肝臓の2つ。血管は単なる細いパイプといったほうがいいかもしれません。筋肉と肝臓のタンク内では、糖は「グリコーゲン」として蓄えられます。血液中では単純な「糖」として体内の必要箇所に配送されます。

食べると、まず血糖となり、すい臓のセンサーが反応してインスリンが分泌されて、その作用で筋肉や肝臓にグリコーゲンとして貯蔵されます。糖質のタンクは小さいので、あふれるとインスリンがさらに仕事をして体脂肪に替えてくれます。

運動と糖質

運動をすると、筋肉中の糖質(グリコーゲン)から使われていきます。

これが私の経験として、筋肉に糖質がある間は、速く走ることができます。これは脂質活用の割合がいくら高くても同じです。逆に、筋肉の糖が枯渇すると、いくら脂肪を活用しても、パフォーマンスはガクンと落ちます。

走り続けて糖質が消費されてゆくと、不足分は
肝臓 → 血液 → 筋肉
と運ばれていきます。


※図は編集部作成

ここで「血糖 → 筋肉」の移動が先に起こると、一時的に血糖値が下がります。すると「肝臓 → 血液」間で糖が移動してカバーされます。筋肉から血液に移動する仕組みもありますが、乳酸などが絡んでややこしいので、ここでは無視しますね。

この時、一時的に血糖が足りない状態となるので、お腹がすいた、力が出ない、といった感覚がうまれます。普通のアスリートは、ここで糖質の入ったスポーツドリンクやジェルなどを補給します。

おいしく食べられればよいのですが、ウルトラランニングでも226km前後のトライアスロンでも非常によく聞くのが、お腹のトラブルで食べられない、吐いてしまう、といった事態です。私の主戦場である24時間走はまさに「内臓との闘い」です。

糖質が減るとどうなるか?

糖が枯渇した時の感覚は、

  • 筋グリコーゲン不足: 足が重い、ペースが落ちる
  • 肝臓グリコーゲン不足: 死にそう

です。

肝臓のグリコーゲンが枯渇するのは、人体にとって救いようのない低血糖状態の手前です。これが「ハンガーノック」という体内の糖質が尽きた状態です。この時、脳は、頭がクラクラするなどの感覚を起こすことで、危険状態をアピールしてくるわけです。

お腹がすいたら叫ぶ?

そこで、私は血糖値が低くなった時にどうするか?
たとえば、荒川を100km走るとき、河川敷を行って帰ってくるので、50km先まで走ります。ここで走れなくなると家に帰れなくてヤバいです。普通の人は、こんなときに、糖質を食べることで血糖を戻せばよいのですが、私にとっては貴重な脂肪活用トレーニングの機会です。

そこで低血糖ヤバ!ってなった時には、

お腹をすかせた小谷さん
うわっあああーーー!!!

と叫びます。交感神経が刺激され、アドレナリンの作用で、肝臓内の糖が血液に流れ出して、復活します。

まとめ

  • 速く走るには、まず筋肉にグリコーゲンが残っているかどうか重要
  • 一時的に低血糖になっても、肝臓のタンクに糖が残っていれば血管へ糖を供給できるので、復活できる可能性はある

糖質制限食の効果

このように、糖とは運動において極めて有限な希少資源なのです。そこで、脂肪活用の割合を高めることの重要性が見えてきますよね。糖の消費量を抑え、その枯渇のタイミングを遅らせるほど、長い距離・時間を、速く走ることができるからです。

脂肪活用力を高める方法はいくつか知られていますが、最も効果が大きいのが糖質制限食であると私は考えています。

(続く)

(構成:ウェルビーイング・ラボ編集部)