「糖質制限 × 長距離スポーツ」の教科書(小谷修平Vol.2)
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「糖質制限 × 長距離スポーツ」の教科書(小谷修平Vol.2)

ウェルビーイング・ラボ セミナー開催報告

「糖質制限×脂肪燃焼」で長距離レースを戦うということ

講師:小谷 修平(おだに・しゅうへい)
ウルトラマラソンランナー、ランニングコーチ、株式会社修徳代表
2018.11.28 東京・渋谷メイクスカンファレンスルーム

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「ウルトラマラソン」とは、42.195kmの「フルマラソン」を超える距離のランニングレースをいいます。舗装路を走るロードレースでは100kmマラソンが人気で、主に山道を走る「トレイルランニング」でもウルトラの定義も満たす大会が多く、人気の山岳レース「ハセツネ(長谷川恒男)カップ」が71kmです。
ちなみに男子100 kmの世界記録は6時間914秒 、日本の35歳の市民ランナー風見尚(なお)さんが20186月の北海道サロマ湖で樹立しました。1kmあたり341秒、フルマラソンなら2時間35分台という速さです。100kmという距離は、もはやスピードの勝負でもあります。

一方で、小谷さんが取り組むのは主に24時間走、さらには48時間走や6日間走など。24時間走の世界記録はロード(室外)で290km1kmあたり457秒です。(なお日本記録は現役医師の原良和さんによる285km)スピードよりも、総合的な耐久力の勝負であるといえるでしょう。

小谷さんの「糖質制限食」という手法は、このレースへの対応として始められたものです。本記事は、決して「正解」として提示するものではありません。

人体の性能の限界域に迫るために、「どのような状況で、どのように取り組まれ、どうなったのか?」その一事例としてお読みください。連載第2回は、「浮き沈みの大きな人生を送ってきまして」という小谷さんの個人史からお伝えします。

なぜ私は糖質制限ランニングを始めたのか

ウルトラマラソンという競技は、日本人の競技人口がざっと3万人ぐらいだと言われています。糖質制限は流行っていますが、私のようなレベルで実践してる人は少ないです。そこで、「糖質制限しているウルトラランナー」をざっと推測したら、日本で300人ぐらいだったんです。そのうちの50人が今日この場に揃っているんでしょうか?(笑)

それくらいマニアックなテーマです。なぜ私が、この手法に注目したのか、経緯をお話しましょう。

ジョギングサークルへ

私は中学時代はサッカー部、高校時代は柔道部で、自分では頑張っていたつもりなのですが、後輩にも追い抜かれて活躍できない。勉強以外は家でTVゲームをしていることが多い学生でした。

でもスポーツで活躍したい、という思いは強く、自分に唯一残されていたのが長距離走だと思いました。まあまあ得意、といっても高校で100人中15番目くらいのレベル感です。

東京大学に入り、陸上部とジョギングサークルの説明会に行きました。メンバーの人柄が自分にあっていたサークルの方に入りました。

サークルでは走力が様々なメンバーがいて、同じレベルのランナーと競争しながら、少しずつレベルアップしていきました。私は負けず嫌いな性格のようで、ライバルの存在が大きかったです。

ウルトラマラソンへ

特にウルトラマラソンは、練習量が結果に結びつきやすい競技です。頑張って結果がでると嬉しいし、友人が一緒に喜んでくれるのもモチベーションになりました。
100kmマラソンは、2年目の2008年に9時間21分、2009年8:55、2010年8:31、と記録を更新していきました。

24時間走は、201110月の神宮外苑でデビューし、記録は220km。翌2012年、3レース目の神宮外苑で256km、当時世界ランキング6位の記録を出し、世界選手権の日本代表として日本陸連から派遣されることが決まりました。大学院2年のことでした。とても嬉しかったです。

練習量の勝利でした。走行距離は、最高で1ヶ月1,200km、年間で7,768kmでした。

当時の私には、「何かを達成したい」「何者かになりたい」という渇望感がありました。東京に出てきたら、周りには驚くほど優秀な東大生ばかり。彼らの中にあっても埋もれたくない。「自分はこういう存在だ!」と胸を張って言える何かが欲しかったのかもしれません。そんな中で、参加者が極めて少ない、しかも過酷なウルトラマラソンに挑むことは、自分に自信を持てる希少な手段だったのかもしれません。


写真は2013年世界選手権。提供:小川直哉さん

就職後の停滞

2013年に就職。社会人になり環境が変わって、昔のように練習時間を取れません。これまで量で勝負していた私は、競技成績も一緒に落ち始めます。

2013年5月オランダ・ステーンベルゲンの世界選手権は、学生時代の体力の残りで250kmを走れたのですが、11月の神宮外苑では170kmを惨敗。正直ウルトラマラソンをやめようかと思いました。

ランニングは「波」をくれる

でも1か月ほど離れてみて、寂しさを感じるようになります。そこで気づいたのは、結果がすべてではないんだなあということ。結果が良くても悪くても、ウルトラマラソンは心に波を起こしてくれる。そんな波のある生活が懐かしくなりました。

ここで発想を切り替えました。社会人になったのに前と同じように量で勝負していたら仕方がない。スポーツについて勉強し、質での勝負にシフトしようと試行錯誤を始めます。

なお当時、週4,5回の頻度で、ほぼ全て15-20kmのジョギングでした。スピード練習を入れたシーズンでは週1回、40-60分を毎分心拍数160-170で走っていました。

2014年は234km2015年も234km2016年に248km、と再び復調に向かい、2016年に二度目の世界選手権の代表枠を獲得しました。

世界選手権辞退からの再チャレンジ

私はその頃に起業します。今度は、起業ならではの仕事・人間関係などの質的な問題に悩まされました。これが見事に競技成績を直撃し、再びスランプへ陥りました。せっかく手にした世界選手権への切符も、出場辞退という形で手放してしまいます。人生最低のドン底でした。

ここで、またもう一度チャレンジしてみようと思いました。こんなところは私の強みかもしれません。

人間って、悪い時ほど、何かを変えなければいけない、新しいことにチャレンジしなければ、と思うものだと思います。今までにない強くなる手がかりはないか?
そういえば石川佳彦選手(24時間走世界王者経験者)とか、鏑木毅選手(世界最高峰のウルトラトレイルレース「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB3位などで知られるプロ・トレイルランナー」)とか、糖質制限してるって言ってたなあ。
こうして、一発逆転の秘密兵器を探るような気持ちで、糖質制限食を始めました。

糖質制限、1度目の挫折

2017年6月ごろ、糖質制限食を試してみます。

やってみて気づいたのは、世の中は「美味しい匂い」で溢れています。パン屋、ラーメン屋、ピザ屋、牛丼屋、スーパーの惣菜コーナー・・・。これ素通りできないんです。近くを通りながら匂いの誘惑に耐えるのがすごくキツかった。

3週間でボロボロに打ちのめされ挫折しました。

再チャレンジ

その後、あるレース後の食事会で、石川選手が糖質制限の食事をしていました。

小谷
やっぱり糖質制限してるんだね。自分はこの前試してみたけど上手くいかなかったわ。

石川選手
そうですか。自分は調子良いし、糖質制限悪くないと思うんですけど、人によるとかあるんですかね。

特に石川君から勧められたわけでもないのですが、ただ彼が淡々と糖質制限を続けていて、調子が良いと言っている。この事実が再び私を動かします。
去年10月から再チャレンジすると、今度は3週後には適応し始め、練習の質も一度は落ちるもののまた戻ってきて、1年ちょっと経ちます。

食事の構成比

今、私は何を食べているのか?

前提として、練習量は月間走行距離で400kmほど。体重は5354kg。摂取カロリーは13,000Kcalほどです。
その食事内容ですが、3大栄養素の比率では

  • 糖質46g カロリー比率6
  • 脂肪250g 同75
  • タンパク質142g 同19

糖質が全カロリーの6%というのは、かなり厳しめの糖質制限だと言えます。糖質だけで取ることはなくて、食品に含まれる総量です。カシューナッツに含まれる糖質がやや多め、納豆とか、野菜とか、いろいろなものに自然に含まれています。

タンパク質は、一般人向けの栄養基準では体重(kg)×1.0gが標準とされ、スポーツ選手向けでも1.22倍とされることが多いですが、私の場合、体重×2.7gなので、かなり多いです。

食事は昼と夜の一日二食が基本です。夕食から翌日の昼食までに午前の練習もあり、プチ断食っぽい時間が長いのが特徴ですね。

具体的なメニューは・・・

(続く)

(構成:ウェルビーイング・ラボ編集部)