“糖質制限 × 長距離スポーツ”の教科書 by 小谷修平

“糖質制限 × 長距離スポーツ”の教科書 by 小谷修平

5. 脂肪活用への経験論

<このページのまとめ>

◆「糖質制限食」と「無補給長時間ランニング」のセットは最強
◆ 一度獲得すれば、数日程度の糖質食では失われない
◆ 筋肉量やスピードは落ちていない
◆ 筋グリコーゲンはケトン体から補充される
◆ 体脂肪の枯渇は、24時間走では起こらない

脂肪活用への選択肢

運動で脂肪をより多く使えるようになる方法は、糖質制限以外にもいろいろあります。必ずしも、私のように極端な方法を取る必要はありません。

世間一般に知られているのは、食事全体の脂質を増やし、そのカロリー分だけ糖質を減らす、普通の低糖質食です。これは日常生活での脂肪活用の割合が高くなるので、運動時にも脂肪活用されやすくなります。

スポーツ界でよく行われているのは、1日のサイクルの中で時間帯別に糖質量をコントロールする方法です。朝の低血糖の状態を活かして朝食前に練習をすることが一般的です。
夕食は普通に食べて朝食前に練習する方法は昔から日本のスポーツ界でも行われてきました。
最近、夕食から糖質を減らす手法が登場し、「スリープ・ロー」と呼ばれます。

(※編集部より:「スリープ・ロー」手法について、Facebookウェルビーイング・ラボ記事『持久力アップの食事法「スリープ・ロー」(2018年11月26日)』をご覧ください)

「プチ断食」「ファスティング」とも呼ばれる短期間の一時的な断食(ごく少量を食べる等バリエーションあり)にも、脂肪燃焼能力を高める効果があります。

これらに、脂肪燃焼を高める食品、サプリメントなどを組み合わせることも有効です。有名なカフェインの他、トウガラシやクエン酸など、脂肪燃焼を促進させるとされる微量栄養素もあります。大事なのは、運動と併用することです。

ただ私自身がいろいろ経験した中で、脂肪燃焼効果を上げるための最も効果の高い方法は、

  • 徹底した糖質制限の食事
  • 無補給、または、ある程度絶食した状態での長時間ランニング


の組み合わせである、という実感があります。

たまには糖質を摂っても問題ない

糖質制限というと、「ずっと徹底しなければいけないのか?」という不安をお持ちの方も多いかと思います。

ご飯食べたい!
甘いもの食べたい!
という人、多いのではないでしょうか。皆さんを安心させる経験談をお話ししましょう。

私は、20185月にハンガリーで開催された6日間走に出場しました。しかし、レースが始まっていきなり足を痛め1日目でリタイヤしてしまいました。

みなさん、この気持ちを想像していただけるでしょうか?はるばるハンガリーまで行ったのに、残り5日間、やることがなくなっちゃったんですよ。しかたなく大会会場内にいて、食べるものもないから、配られるパスタやご飯を食べざるをえませんでした。

小谷
せっかくここまで糖質を断ってきたのに、こんなもの食べちゃっていいのかな?
と思ったんですが、足が治って練習を再開してみたら、糖質制限の身体はそのまま維持されていました。空腹時に走り出しても20km走ったら元気になる、という現象が起きたんです。

つまり、一度身体が慣れれば数日間くらい糖質を摂ったところで、元には戻りません。低糖質に慣れるのに時間がかかるように、脂質利用型の体質から糖質型に戻るのにも時間がかかります。

筋肉量は下がるのか?

デメリットとしてよく言われているのが、筋肉量への影響です。筋肉量は「下がる」とよく言われています。

ただスポーツ科学の論文を調査すると「ちょっと下がる、ただしそれほどでもない」という結論が主流です。世界チャンピオンの石川選手も私のような糖質制限食ですが筋肉質な体です。私はもともと細い身体ですし、自分自身の経験としては下がることはないと思っています。

ただし、石川選手も私も年齢が30歳くらいなので、年を取って筋肉量が落ちてくる年代になった時の影響までは分かりません。

スピードは落ちるのか?

スピード能力は、ちょっと落ちると思っておいたほうがよいでしょう。研究成果によれば「解糖系」、つまり糖質をエネルギーとする能力が落ちるとされています。

ただ私自身あまり実感はありません。1000m×6本」などのインターバル走の練習では、平均1km 325秒くらいで走っており、この能力は落ちていません。石川選手も「100m×100本」などのスピード系の練習をよくやっていますが、それほど落ちてはいないようです。

グリコーゲンは補充されるのか?

糖質制限食に慣れてくると、脂質とケトン体により糖質の一種であるグリコーゲンは十分に補充される、という研究結果があります。(※グリコーゲンの仕組みについては、第1回参照
1000m走などのスピード練習では、主なエネルギー源はグリコーゲンです。そのパフォーマンスが落ちていないということから、これも私が経験的に確認しています。

結局、競技特性によるということでしょう。僕らのウルトラマラソンという競技、24時間という時間であれば、「競技成績に影響するようなレベルでの筋力やスピードの低下」は出ていない、と言えると思います。

高強度で糖質が消費されるのは同じ

糖質制限で変わるのは、脂質活用の「割合」が増えることだけです。

一般に運動強度を上げていくと、糖質をもとにエネルギーを生み出す「解糖系」の仕組みが発動されて、体内のグリコーゲンが大量に消費されます。このポイントが有酸素運動と無酸素運動との境界で、専門用語でいえば、「無酸素性作業閾値」(AT値)もしくは「乳酸性作業閾値」(LT)にあたります。

糖質制限によって、この「解糖系」の発動タイミングが変わるわけではありません。ゆえにAT値が改善されるわけでもありません。もしもAT値が上がるのなら長距離パフォーマンス改善に直結するので、ハーフマラソンやフルマラソンのタイムも上がることになりますが、糖質制限はその目的ではないということです。

「体脂肪が枯渇してエネルギーを失う」という事態はないのか?

脂肪をエネルギーとする場合、体脂肪が枯渇してしまうとガス欠となってしまいます。ただそれは24時間走ぐらいでは起こらないと思います。

もっと期間が長くなると別です。私もハンガリーの6日間走では900kmを走る予定だったので体脂肪も足りなくなるだろうと計算し、バターなど脂肪中心の補給食を用意していました。実際には1日で足首を痛めてしまったので、検証することはできませんでした。

― (会場より、10月セミナー登壇の岡田泰三さんがコメント:参考記事

岡田
体脂肪の枯渇は、この夏の日本縦断レースで経験しているので、お伝えします。

私は7日目に補給食を全て食べ尽くしてしまい、390kmくらい(ゴールまで残り25km)でハンガーノックに陥りました。ゴール後に体脂肪率をはかったら「計測範囲外」と出たので、おそらく34%、生命を維持する最低限レベルしか残っていなくて、運動のエネルギーとして活用できる分は使い尽くしていた状態かと思います。

こうなると身体は、糖を入れた分しか動かなくなります。ジェルや黒糖など「GI値」の高い高濃度の糖質が胃に入れば、入った分だけ身体は動き、使い尽くすとまた動かなくなります。糖の濃度が低いと厳しいです。人が活動するために、体脂肪は最後の砦です。

(次ページ ” 6. レースへの対応“へ続く)