
痛みのマネジメント論 by 河合隆志
2. 「ニセの痛み」の治し方
<このページのまとめ>
◆「ニセの痛みの治し方」を説明します◆「やる気のスイッチ」は、動いてみること
◆「ドーパミン」が痛みを和らげる
◆「認知行動療法」が実際の診療で最も有効
◆「痛みのコントロール」 も認知から
心と体のつながり
痛みは本来は体の異常を伝えるサインですが、心が発するサインであることもあります。
例えば、旦那さんが急に亡くなってしまい、家業を急に継がないといけなくなった、息子夫婦とも一緒にやっていかないといけなくなった。そんな精神的ストレスによって、ひどい腰痛や腹痛などが生まれる場合があります。心と体はつながっていて、脳で処理しきれないストレスが体に向かってしまうのです。
「片付け」のやる気を出す方法
前回説明したように、痛みを伝える刺激を脳が受けとった時、脳内の扁桃体はこの刺激に「嫌なもの」とラベルを貼って記憶します。これは恐竜の時代からの原始的な仕組みです。ストレスや不安があると、扁桃体を過敏にさせ、幻の痛みが発生しやすくなります。
それを抑制するのが側坐核で、側坐核が活性化すると、痛みを和らげる物質を放出してくれます。これは脳の進化におけるより新しい機能です。
側坐核は「やる気のスイッチ」でもあります。この側坐核にはおもしろい性質があって、本当はやる気がない時でも、まずやってみることで、「やる気のスイッチ」が入る仕組みがあります。逆に、頭だけでやる気があっても行動が伴わなければ側坐核は反応しません。
例えば、あなたが近藤麻理恵さんの片付け法の本を読んで「部屋を片付けてときめきたい!」と思ったとします。本を読みながら
側坐核のコントロール法
この側坐核の仕組みを「頭由来の痛み」のマネジメントにも利用します。痛い部分を動かしてみるのです。体を動かすことで、側坐核のスイッチがOnになるのです。
これは経験がないと、もっと痛みがひどくなってしまいそうで怖いかもしれません、でも実際には、痛みが軽減する、さらには治る、ケースの方が圧倒的に多いのです。もちろん「体由来の痛み」では、その原因を悪化させてしまう場合はありますが、私は専門医なので、問題のない範囲でコントロールしながら少しづつ進めていきます。
例えば、編み物が好きな患者さんがいました。でも手に激痛があって、怖くてできない。
私は、まず検査で手の痛みが体由来でないことを確認してから、
ドーパミンを活かす
ドーパミンの分泌は、側坐核を活性化させます。
- 軽い運動をする:特に軽いジョギングのような有酸素運動が効きます
- 達成感を持つ:できた!という強い感情がドーパミンを分泌させます
- 趣味を楽しむ:好きなことに時間を使っている間、やはりドーパミンが分泌されます
などによってドーパミンは出ます。
良い景色を見ることも有効です。応用編として、湯治も効果が高いです。湯治場として知られるのは、大自然の景観の良いところが多いですし、温泉で体も温まり血流も良くなる。心身のストレスを忘れさせる環境が揃っています。
こうして自分にとって心地よい状態を作ると、感情が癒やされ、扁桃体の本能的な反応を抑えるのです。心地良さや癒された状態が痛みを和らげることは、これまでもなんとなく分かっていたわけですが、最近になって、医学的、脳科学的に裏付けられてきました。
当クリニックでの治療法
クリニックでは、まずは「体由来」の痛みの原因を、レントゲンなどさまざまな検査をしながら探ります。原因がわかれば治療します。整形外科の手術は私も行ってきましたし、たとえば筋肉が緊張しすぎていれば筋肉を緩めるボトックス療法をすることもあります。
ただ当院を訪れる患者さんは、病院で何科を受診しても原因がわからなかった方が多いので、体と心と両方からアプローチしないといけません。そこで「脳由来」の痛みの原因を探りにいきます。
きっかけの1つとして、その方が一番好きなことを聞くことがあります。その話をしていて、脳へのストレスが減った時に痛みが引いて、
認知行動療法
最も効くのは、「認知行動療法」と呼ばれる心理診療です。
認知行動療法とは、本来は心の病の治療に使われます。人は「起きたこと」に対してなんらかの「受け止め=認知」をして「行動」します。この時、脳内では、
1.状況: 起きたことを目で見たり、耳で聞いて、
2.自動思考: 反射的に「これはこういうことだろう」と受け止め
3.感情: 「これは良いこと」「嫌なこと」と感情が発生します。
この過程で「自動思考」がクセモノで、受け取め方のクセによって、ものごとを悪い方へと解釈してしまうことがあります。このプロセスを明らかにした上で、受け止め方や考え方に働きかけ、気持ちを楽にし、行動をコントロールするのが認知行動療法です。
そして慢性的な痛みも、心の病と同じ仕組みで発生していることが多いので、この手法が有効なのです。
例えば、腰が痛い、でも検査をしても腰に問題は見つからない場合、問診の会話などを通じて患者さんの脳の動きを以下のように整理していきます。
- 状況:まず痛みに困った時の状況を、具体的、客観的に明らかにします。
- 自動思考:その痛みに対して自然に浮かんできた考え(「自動思考」と呼びます)を書き出して、それぞれの確信度を%で評価します。
- そのときの感情:どう感じたのか、「不安・つらい・怒り・悲しい・・・」などの感情表現で明らかにします。
- 自動思考の再検討:2.での自動思考に対して、別の考え方ができないか、具体的に書き出していきます。
- 結果の感情:4.の検討の中で、3.に挙げた感情に変化があったか、評価していきます。
例えば
- 状況:仕事中に腰痛がひどくなった
- 自動思考:午後から仕事にならない(90%)、簡単には治りそうにない(70%)、いつもこうで、自分はダメな人間だ(70%)、上司にもケア不足だと責められるかもしれない(60%)
- そのときの感情:不安90%・つらい90%・怒り50%・幸せ5%・・・
- 自動思考の再検討:午後になってみないとわからないし、午後もひどければ早退してしまおう(80%)、だからといってクビにはならない(70%)、痛みくらいでダメ人間ということはないだろう(70%)・・・
- 結果の感情:不安40%・つらい30%・怒り10%・幸せ40%・・・
と整理していきます。
時間もかかって大変なのですが、こうした問答を繰り返すことで、脳に対して
この痛みは脳が作っているんだから!
君(=痛み)の言いたいことはわかったから安心して!
こうしたアプローチは、体の痛みだけでなく、本来の目的である心の問題に対応するためにも有効です。なにか悩みごとがあった時にでも試してみてはいかがでしょうか。
(次ページ ” 3.スポーツの痛みへの対処法 “へ続く)