痛みのマネジメント論 by 河合隆志

痛みのマネジメント論 by 河合隆志

3. スポーツの痛みへの対処法

<このページのまとめ>

◆ ドーパミンは長距離スポーツの動機の1つ
◆ 競技レベルが上がるほど、活性酸素に対する抗酸化を
◆ 男性ホルモン不足は、心の不調も起こす
◆ 慢性痛が真面目な人に多い理由とは
◆ 痛みは消さない、抱えながら改善する

長距離スポーツとドーパミン

脳内の神経伝達物質「ドーパミン」は、気持ち良さ、やる気などの感情と一体なので人の行動の動機となります。それが側坐核を活性化させ苦痛を和らげる作用を持ちます。
この仕組みを利用して痛みを和らげるために、1. 有酸素運動、2. 達成感を持つ、3. 好きなことに時間を使う、といったことが有効です。そんな話を前回「2. 「ニセの痛み」の治し方」でお伝えしましたよね。

マラソンやトライアスロンのような長距離スポーツはこの全てを充たします。
私自身もマラソンを走った経験があるのでよくわかりますが、ただでさえ体の興奮状態が長時間続く中で、大会では普段走れないコースも走ることができ、応援もあるため精神的にもハイになります。そしてゴールに辿り着くと、日常生活にはない強烈な達成感を得られている方が多いですよね。ここまで走りきったことの達成感に加えて、もうこれ以上苦しまずに済む解放感もあります。その瞬間、ドーパミンが最高に出て、側坐核を刺激していると考えられます。

脳内の側坐核さん
ドーパミンの量ハンパない!
との反応が扁桃体に届いて、
脳内の扁桃体
嬉しい!
最高!
との感情が生まれます。

こうした有酸素運動(長時間の持久的運動)は、うつ病などのメンタル・ヘルス問題を改善できることもわかっています。ただメンタル疾患の方は、走る気力自体がない場合も多いので専門医の判断によりますね。

競技レベルが上がれば、繊細なケアを

デメリットについてもお話しておきましょう。まず、たまに有酸素運動をする、筋トレを楽しむ、くらいであれば何の心配もいりません。しかし競技としてのレベルを上げていくほど、体のケアはシビアにしていく必要があります。「やりすぎてはいけない」とよく言われますが、これは真理でしょうね。

ただ、本気でやらなければ成長できないのがスポーツです。そうでないと自分自身も満足できない、生きる楽しみも得られている方に対しては、やりすぎるなとは言えませんよね。心と体はつながっているので、体だけのメリット・デメリットのために心を犠牲にするのは本末転倒です。体の側のデメリットを抑える方法を取っていけばよいのです。

そこで、トレーニング前後のケアなどは当然必要でしょう。「これ以上やったら危ないかな?」という感覚や経験則からの判断に従うことも重要です。そういったものに加えて、科学やデータも活用できると良いと考えています。

ケアのポイント:ビタミンとホルモン

科学的に、激しいスポーツほど有害な活性酸素が発生します。そこで活性酸素レベル、酸化ストレスなどをモニターしていく方法があります。この活性酸素による酸化に対して、ビタミンなどの抗酸化物質の摂取が有効です。

ホルモン不足の問題もあります。女性ランナーなどの無月経症状もその一つです。ホルモンの材料は脂肪の一種であるコレステロールなので、痩せようとして脂肪を控え過ぎ、かつ運動量も多いと、コレステロール不足からホルモン不足になってしまいます

また40代・50代くらいからはテストステロンなど男性ホルモンの不足も起きやすくなります。男性ホルモンと名付けられていますが、女性にも必要なホルモンです。足りないと、うつ病っぽくなります。原因がホルモンなので、精神科で薬をもらったり心理療法をしてもらっても治らないのです。そんな時は、男性ホルモンを足してあげると完全に元気になります
これらは一見、心の問題に見えて、実は体の側に原因があるケースです。

事例:アメリカン・フットボール部員の痛み

(取材時、インタビュー実現に協力いただいたヤマダさんが同席しており、彼はアメリカン・フットボールを大学・社会人実業団と競技した経験を持ちます。話は、激しい接触が不可避で骨折などハードな怪我も多い競技に及びました)


(左/ヤマダさん、中央/編集長 八田、右/河合先生)

―元アメフト部員ヤマダさん
アメフトでは、痛い痛いと言っていては試合になりません。いつも痛いからです。(笑)
「痛いか/痛くないか」ではなく、「動けるか/動けないか」が判断基準です

試合中に怪我をすると、

ヤマダ選手
痛い!
コーチ
大丈夫かヤマダ! 動けるか?

ヤマダ選手
動けます!

コーチ
ならその痛みは錯覚だ! ヤマダおまえは大丈夫だ! がんばれ!
という会話になります。ひどいでしょう?(笑)

それでも試合中は興奮していてアドレナリンで痛みがすぐに消えるので、動き続けることができます。そして試合が終わると、アドレナリンも下がり帰りの車内で地獄を見ます。病院でレントゲンを撮り、テーピングで固めたり痛み止めをもらい、動けるようになったら完了です。

―河合先生
すごいですね。おそらくコーチやトレーナーさんの経験の蓄積から、「ここから先は体が壊れる、ここまでは痛いけど大丈夫、これくらいなら動ける」といった判断をされてのことでしょうね。

―元アメフト部員ヤマダさん
そうですね。経験を積むうちに、こっちも痛みとの付き合い方が上手になっていきますね。どこまで痛みを抱えながらできるのか、分かるようになってきます。

―河合先生
これはアスリートならではの「認知」ですね。アメフト部内での、

コーチ
痛い時には「動けるか/動けないか」を考えろ!「動けるという事実」が真実だ!動ける痛みならそれはニセの痛みだ!
といった指導は、アメフト部なりの「認知行動療法」とも言えそうですね。

  1.  状況:痛い
  2.  自動思考:(旧)もうダメだ →(新)でも動くことはできる
  3.  感情:(旧)苦しい・嫌だ →(新)試合を続けられて嬉しい


といった認知の作り変え、新たな「自動思考」を作っているのかもしれません。こうしたことは、格闘技のようなコンタクトスポーツ全般で何かしら行われているようにも思われます。たださすがにここまでくると、その競技の、そのチーム内部でのみ有効なことでしょうね。

足底筋膜炎のマネジメント

スポーツ全般にいえるのは、痛みを完全になくすことは難しいということですね。「痛くてもこの範囲なら無理なく動かせる、我慢しながら動かせる」範囲を見定めて、痛みを抱えながらも少しずつ改善を進めていきます。

見るだけで痛みがとれるすごい写真』の本では、40代の女性市民ランナーさんの「足底筋膜炎」の事例を紹介しています。整形外科のレベルでは治療したはずなのに、おそらく脳が痛みを記憶し続けている症例です。

もちろん、足底には常に負荷がかかっているので、何らかの原因はあるのでしょう。検査機器で測定できないような傷害もありえます。ただ、それ以上に脳が認識する主観的な痛みが強い、と考えられました。そこで認知行動療法を施しました。
この患者さんはもともと、

40歳を前に、何か大きなことをしたい
とランニングにチャレンジされた方です。自己流で走り始めて、体が慣れてきたところでランニングクラブに入り他人と競うことに熱中していく。快調に練習できていたのは始めの1年間ぐらいで、やりすぎて痛みが出てしまった。にもかかわらず1年間我慢してしまった。

このクリニックに来られたのが1年くらい前です。初めの頃は「剣山に足を置いたような」というほど痛みがひどくて、歩くのも痛くて車椅子まで使われていました。

慢性痛が真面目な人に多い理由

えてして慢性痛の患者さんには、真面目な方が多い傾向があります。頑張ろうとして、結果、極端なことをやりすぎる。全か無か、オール・オア・ナッシング、といった考えにとらわれやすいのでしょう。

この患者さんも、そもそも頑張ることを目的としてランニングを始めているので、「痛くて走れない」とは「頑張りたくても頑張れない」状態なのです。そこで落ち込んでしまうんですね。そして少し動ける時に動き過ぎてしまう。走れないイライラを、走りすぎることによってぶつけてしまう。

結果、取り組みにばらつきができて、時々やりすぎて限界を超えてしまうんです。
すると脳は強烈な痛み、不快な記憶を残してしまって、いつまでも治らなくなってしまうのです。

そこで治療方針としては、毎日コンスタントに3000歩だけ歩きましょうと。負荷のかからない動きを習慣化することによって、 脳を再学習させていきました。

今ちょうど治療開始から1年ぐらいです。ゆっくりゆっくりですが、今はかなり良くなってきて、走れるようにもなってきました。ゆっくり、ペースに気を使いながら、距離も抑えめに、ですが脳の再学習は進んでいると思います。

痛み止め薬について

例えば「ロキソニン」などの商品名で知られる消炎鎮痛剤があります。歯を抜いた時などに使う薬で、炎症があれば炎症を抑えてかなり確実に効く、とても優秀な薬です。

痛み止め薬には「飲んだから効くはずだ」との心理的効果も大きいです。感情が安定すると側坐核が活発になり扁桃体を抑えて、痛み自体が軽減することにも繋がります。「偽薬効果」(プラシーボ効果)という言葉がありますが、実は科学的で真理を突いているのです。

マラソンなどのレース中に痛み止め薬を使う方も少なからずいるようですね。しかし内臓レベルで、胃が荒れる、腎臓に悪く作用して、たとえば顔がむくむ、といった副作用があります。

そして、「痛みと付き合う」ことができなくなるという問題もあります。

多くの方が、痛みをCure=治そうとし、「消してしまいたい、感じないようにしたい」と望みます。
しかし本来は、痛みとはマネジメントする対象です。「痛みはある」ことを前提に、振り回されないようにするのです。

痛みとは、どこかに問題があるよという体や心からのサインなので、消してしまってはその問題そのものに気付けなくなってしまいます。

それを判った上での使用も自己責任だとは思いますが、それでもトレーニングの前後に十分にケアをする、十分な筋力をつけて関節の負荷を減らす、など原因のレベルでの様々な対策を尽くしてほしいと思います。

(次ページ ” 4. 著書『見るだけで痛みがとれるすごい写真』の解説 “へ続く)