85歳のトライアスロン世界王者 by 稲田弘 × 山本淳一

85歳のトライアスロン世界王者 by 稲田弘 × 山本淳一

4. バイク・ランの技術

<このページのまとめ>

◆ 基礎技術を磨いてきたから、量を積むことができる
◆ 正しいやり方を学んでから、自分なりにアレンジする
◆ バイクでは脚はリラックスし、意識はお腹に
◆ 山道を走って、ランの感覚を磨く 
◆ 最大心拍180、バイク最高180回転/分

基礎があるから量を積める

山本: 稲田さんの練習量は数字で出るから分かりやすいのですが、これからやろうとする人は、まずは基礎トレーニングをしっかりやった方がいいです。稲田さんが今、長いトレーニングをできるのは、基礎を踏まえての話です。でないと、180 kmもバイクの上に乗るということは絶対できないです。

稲田: 稲毛インターに入ってから、基礎トレーニングは5年間くらい毎週やっていましたね。

稲田さんのバイク技術

— バイクの技術的な面の指導はどうしていますか?

山本: 僕が稲毛にいた頃、毎週土曜日にバイクセミナーを一般の人向けに行っていたので、そこで技術的なところを徹底しました。
たとえば82歳の時は、ローラー(自転車を固定して負荷つきで練習できる装置)を使ったバイクの最大回転数が分あたり180ペース、これはすごいですよね。(会場驚き)

以前は160回転ぐらいしか上がらなかったのが、80歳過ぎてから上がってきたわけです。180回転は、やろうとしてもなかなかできないですよ。

稲田さんができると、周りの生徒さんも

生徒
自分にもできるはずだ!
と頑張って、できるようになるんです。

― 周りの若い人たちのほうが、稲田さんに追い付こうとして頑張るんですね!まさにリーダーですね。

稲田: 何回転で何分間、という練習は必ず週一でやります。他のオリンピアンも一緒にやっているので僕も同じようにやると、もう無茶苦茶な練習になるんですよ。僕なんか半分死にながらやっています。

山本: 追い込んだ時の最大心拍は180いきます。(会場驚く)
稲田
心拍上がったよ!
って喜んで心拍計を見せてくれますよ。

(※編集部注: 最大心拍数は年齢とともに低下する傾向にあり、一般的な基準として、「220-年齢」や「206.9−(0.67×年齢)」といった公式が知られています。85歳の場合、それぞれ135、150、となります。逆に最大心拍180の人とは、どちらの計算式でも40歳です。おそらく、こうした公式は稲田さんのようなケースを想定していないので、言えるのは、「40歳の標準的な最大心拍は180」ということでしょう。つまり稲田さんの心臓は40歳並み、というわけです。ハワイのアイアンマン世界選手権を完走できるとは、それくらいの能力なのでしょう。)

— 体の使い方を上手くするためのドリル(技術専門の練習)もやるんですか?

山本: 70歳から15年間やってきてたので、ローラーを使った片足ペダリングや両手離しなど、既に基礎ができていました。85歳で180 km乗ろうとした時、そのスキルがなければ絶対に無理です。

稲田: 今はほとんどローラー台は乗らずに外で乗っているね。

山本: 今は僕も現役引退したし、セッションで直接乗りながらその場で見ています。

— どんな意識で乗っていますか?

稲田: ペダルの踏み込みは、時計の1時の角度からそのまま上死点(真上、時計の12時の角度)に持っていく。脚はリラックスして、意識するのはお腹、あとは完全に脱力するつもりで、脚をひっぱりあげる感じです。使うのはハムストリング(モモの裏側)。それをずっと意識しています。

山本: 稲田さんの走り方は実際、効率良いと思います。僕がフォームを直すということは今はほぼしません。ただ左右アンバランスなことが多いので、トレーナーさんと相談し、バイクもランもバランスは直すようにしています。調子の悪い時ほど出やすい。

稲田: 実際、動画を見るとすごい体が曲がっています。
パワーメーターを半年くらい前につけたんですけど、数字上でも極端に左右バランスが悪いです。右が弱くて、左は踏んでないのにメーターが上がって、右は踏んでいるのに上がらない。でも数字に意識が行き過ぎちゃうから、最近は見ていないです。

山本: 今年のコナ(世界選手権)は電池が切れていたからね。それ後で気づいたくらいだから。(会場笑)

稲田さんのランニング技術

山本: 入った頃から、ランの技術は大きくは変わってないですね。一旦正しいやり方を教え、そこから自分なりにアレンジしてもらってますが、身体の使い方は上手くなっています。

稲田: 合宿の時いろんな専門家が来てくれて、座学やアドバイスをしてくれるんです。そこから自分に合ったものを取り入れていく。教わったことを聞きながら、自分なりに走り方を工夫したりしています。そして、合宿の時はいつも動画を撮ってチェックをする。

ちゃんとしたフォームで走っていると、結構、課題は出てくるんですね。何も出てこないような時は全然駄目です。なので、練習の最後までフォームは注意しています。

— どんな意識で走っていますか?

稲田: ランニングの意識は、脚に負担をかけず体幹で走るということ 。
そのためには、前傾して、体重を前にかけて、脚が後ろからついてくる。胸の辺りで上体の体重を受ける。こうして体幹で体を前に持っていく。
脚はお腹で引っ張り上げる、腸腰筋を使って引っ張り上げて。実際、脚は高く上げた方が楽なんですよ。すり足みたいなほうが苦しい。
そのまま音がしないようにスッと着地する。着地は必ず身体の真下。脚は蹴らない。
これをずっとイメージしています。

山本: よくできました。(笑)
いや、ここまで意識しているとは思わなかったです。いつも言っていることが頭に入っているんだなと。実際、上半身の連動で下半身が動いています。

稲田: 平地を走る時はよく分からないんですが、特に山道を走るとこの感覚はよく分かります。山は、そういう走り方でないと走れないですね。
稲毛インターでは、山を走る練習を週に1回必ずやっているので、結構鍛えられました。僕も昔から山をやっていたので(※早稲田大学山岳部出身)、山は慣れています。バランスが必要で、全身を鍛えられる。だから今でも実践しています。
山用のシューズですか?普通のものを使ってます。

バイク器材について

— バイクはどのような基準で選んでいますか?

稲田: 今(201812月時点)で6台目です。換えるきっかけは、車に積んで移動していて、天井に乗せたままバックしちゃって車庫にぶつけて壊したりとか、しょうもない理由ばっかりですよ。
目的があって買ったのは今のバイクぐらいです。今まで(空気抵抗の少ない特殊形状のタイムトライアル専用の)エアロバイクに乗ったことがなかったのですが、興味があって試しに乗ってみたら良かったので。要するに一回ああいうのに乗ってみたかった、深い理由はないですね。

山本: 稲田さんには、今のようなエアロバイクよりも(伝統的形状の)ノーマルバイクの方がいいのかなという気はしています。今のバイクが悪いってわけじゃなくて、まだちょっと乗り慣れてないですね。稲田さんが長時間乗るには、コントロールしやすいのが一番だと思います。

細かいところでは、バイクを変えた、シューズを変えた、と器材を変えると動きが変わります。違いはコーチの目から見てすぐ分かるんですが、本人は気にせずに乗ってることが多いのでそこは指摘しています。

<編集部より>

前回連載で、「バイク10km走った後のラン2km11分くらい、1kmあたり530秒ペースで走る」というエピソードを紹介しました。どのようなペースなのか、マスターズ陸上の記録を調べてみました。

1500m 85−89歳男子の日本記録は651秒(1kmあたり414秒)。鹿児島県の宮内義光さんの2009年、当時85歳の記録です。この宮内さんは90歳で3000m走を1642秒(1kmあたり534秒)というペースで走っています。

競技種目の数、目標レースの競技時間(16分と15時間)、レースと練習の違い、といった違いは大きいので横並びの比較に意味はありませんが、この年齢で1kmを5分台で走るということは、陸上でもほぼトップレベルと言えるのではないでしょうか。

  <参考> 陸上マスターズ日本記録(2018年8月31日現在)
  https://japan-masters.or.jp/site_data/files/record-TF-M20180831-1219.pdf

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