
85歳のトライアスロン世界王者 by 稲田弘 × 山本淳一
6. 世界王者の日常
<このページのまとめ>
◆ 14種類の野菜、魚、玄米中心の食事を自ら調理◆ 言われたことは、即やってみる
◆ 人生最高のモテ期?
◆「もっと楽にできない?」日常すべてを意識する
◆「この年齢でもできる」というモチベーション
普段の食事
稲田: 食事については、食べなきゃいけないのはわかっているから、何を食べるかが一番大事です。幸か不幸か一人暮らしなので、自分で作っています。
朝のスイム練習前は、何も食べません。
― (以下、会場とのやりとり中心)え?!食べずに3800mも泳ぐんですか?!
山本: そうです、僕もです。飲んでコーヒー1杯ぐらい。他の人もですね。
スイムが終わってからバイク練習スタートまで1時間半ぐらいあるので、その間に朝食です。
稲田: 朝はワンパターンで、良いと言われている野菜を14種類くらい煮たものをメインにしています。一度にまとめて作って、たくさん食べられるようにしています。それにパンなど。
昼はバイク練習後の休憩のコンビニで、素焼き豚肉と麦ご飯のお弁当を食べます。
山本: 僕と全く同じのを食べています。最近流行りの糖質制限は絶対ないですね。380円のお弁当。
稲田: いや、398円です。(会場笑)それと、おにぎり。
練習の途中では、エネルギー・ジェルを1回ぐらい摂りますが、あんまり気にしないです。
夜は魚中心。肉も食べますけど、納豆や味噌汁に玄米ごはん。それだけ。
山本: これだけ食べられるのが凄いですよね。14種類を毎朝食べるわけですから。
― お酒は飲まないんですか?
稲田: 僕、お酒はあんまり飲めないんです。好きですけどね。缶ビール350ミリリットルをせいぜい1本ぐらいです。
胃腸が丈夫な稲田さん
山本: 稲田さんは基本、胃腸がすごく丈夫で、食事に行っても僕と同じ一人前を食べるんです。本人は普通だと思ってるけど、すごいことです。
稲田: 食べないとだめ、という気持ちはあります。
山本: ハワイに一緒に行くようになって気づいたのは、出されたものを全部食べようとするんです。そして帰ってから、
作ってくれた人に申し訳ない!
目の前にあるものは食べておかないと、次いつ食べられるかわからない!
でも向こうはドギーバッグで持ち帰る文化があるじゃないですか。たくさん出るんですよね。だから、稲田さんお腹いっぱいになったかな、と思ったら、
レース中の補給
稲田: アイアンマンレースの時は、朝食は3時間ぐらい前にバナナなどを食べて、スイム・スタートの30分前には、エネルギーになるようなサプリメント、ジェルなどを摂ります。スイム中は補給できないので、あらかじめ食べておいて持たせます。水はガブガブ飲みます。
スイム後のトランジットで、ジェルを1つ。 BCAA(タンパク質の一種)も摂ります。
バイクスタートすると、初めのうちは胃腸の調子がまだ上がらないので、落ち着いてからお赤飯を食べます。レトルトのお赤飯をチンして、8等分にして、でかい梅干しを入れて、ラップにくるんで携行しています。
疲れて食べれなくなると、ジェルを摂ります。
バイク後のトランジットも同じで、ジェルを1つ。
ランでは、ほぼエイド・ステーションにあるものを摂るので、オレンジや バナナなど。最後の方はコーラを飲むと、カフェインと砂糖のおかげで一瞬で復活できます。レッドブルは摂ったことがありません。
山本: レースでは17時間、食べながら動き続けています。85歳になってもできる健康さが凄まじいです。
(レース、30km地点)
睡眠
― 睡眠時間は?
稲田: 僕は8時間寝ないと絶対だめですね。
それと昼寝を15分ぐらい。練習中は昼寝をしているヒマはなくて、終わった後どうしても眠くなっちゃう。
朝6時から練習が始まって、バイク終わって帰ってくると3時半ごろ。もう本当に何をする気力もないんでね。
夜は9時には寝ないと翌朝6時に間に合わない。車で30分くらいかかるし。
山本: かっこよく言っていますけど、朝だいたい遅れてきますから。(会場笑)
稲田: 僕、朝が極端に弱いんですよ。まあ、やりすぎないようにあえて遅刻して、練習量を調整しようと思ってね。(会場笑)
山本: 実際、メニューが4000mの設定なので、少し遅れて3000mくらいになることは多いですね。
心拍数
― 平常時の心拍数はどれくらいですか?
稲田: 平常心拍は、60ぐらい。運動が始まると85ぐらいからスタートです。
― 私は50代で、きついトレーニングすると不整脈が出るんですけど、稲田さんは問題ないのですか?
稲田: それは意識したことがないですね。
山本: 全く健康です。
継続
― コーチから見て、結局、稲田さんの何がすごいんでしょうか?
山本: 継続できることでしょうね。同じことをずっと続けられる、それが一番の強みかな。
最初の一歩のハードルが、稲田さんの場合ものすごく低いんですよ。やってみるんです。言われたことを、こうだろうなと考える前に、
それで、100kmといえば100kmしっかりやるし、150kmといえば150kmやる。
稲田: やらされているんだよ。(笑)やらないとダメだから、しょうがなくてやっている。しょうがなくやっているけど、やれるから、面白くなっていくんですね。
山本: 私も、稲田さんができないことは言わないので。
― これだけの練習量ができるのは、なぜでしょう?
稲田: 「習慣」ってことじゃないかなあ。いつもやっているから、やっていればできるようになるからね。
逆に言うと、やらなくなると、すぐできなくなります。それが心配だからやる、というのもあります。
継続は力なり、というのを信じて。
ただ僕は週に1度しか仕事してなくて、残り6日がお休みだから、それくらいはできます。
― そんな人、日本に二千万人くらいいるじゃないですか!(会場笑)
我慢
稲田: とにかく山本さんは休ませてくれない人なので、みんな気の毒がるんですよね。
でも、
― それ本当に「我慢」ですか?
稲田: 我慢ですよ、嬉しくてやっているわけじゃないです。
― でも我慢だけではそれだけの練習ができない気がします。本当は嬉しいんじゃないですか?
稲田: 普段のクラブの練習は喜んでやっていますが、キツいのは合宿です。我慢しきれないくらい我慢します。もうやりたくない!ていうくらいやらされますから。
練習は楽しい。合宿が厳しい。レースの時の方が楽です。
山本: レースが楽って、むちゃくちゃホンネだと思いますよ。だから、余裕のあるところでレースをできている。
― なるほど、①日々の練習は楽しんで、②毎月の合宿では苦しんで、③年に一度の世界選手権では余裕を持って、というメリハリがよくわかります。
人とのつながり
山本: 合宿には仲間もいるからね。若い大学生もいるし。
稲田: 若い女の子がね。 (会場笑)
― ぶっちゃけ、今一番モテるんじゃないですか?
稲田: それはそうですよ!若いうちはなかなか表現できないでしょう?僕みたいに年寄りになると何でも言えるわけですよ。
山本: いま頭の中すごいことになっているから、やめたほうがいい。(会場大笑)
稲田: まあいろいろとね、いろんな楽しさがあるんです。
「いい年こいてよくやるなあ」なんて言われるし、息子なんか「もういい加減にしろ」と言ってくるんですけど、でも大勢の人が「がんばれ!がんばれ」と言ってくれるでしょう。
だからもう僕は、一人でやっているという意識が全然ないんです。
山本: 僕がSNSに稲田さんのことずっと上げているのも、みんなに見てもらいたいのもありますけど、稲田さんの家族、親族が結構心配しているのもあって。今どこで何をしているのかを、たとえば合宿行った時もタグ付けして、
孫もひ孫もいるわけです。がんばっているおじいちゃんを見て、
85歳になってもできる、というモチベーション
稲田: 衰えは毎日、実感しますよ。
あ!歳だからか?
落ちるのはしかたない、それをいかに食い止めるか、です。
今やってることを、もっと楽にできないか?
それで
上手くなってるな!
本当に、いかにカバーするか。歳をとってきたらそれしかないです。
山本: それが生活の一部になっていますしね。
稲田: 結局、この歳になってもできる、ということがものすごく嬉しいんですよ。それが大きなモチベーションです。
< 講師紹介 >

1932年11月19日生まれ。70歳を過ぎてからトライアスロンを始め、79歳目前の2011年に総距離226kmのアイアンマン世界選手権に初出場、以来世界選手権に8年連続で出場中。2012年(80歳あつかい)、2016年(同84歳)、2018年(同86歳)、と年代別(エイジ)世界王者タイトルを獲得。今年10月の85歳10ヵ月での完走が現在のギネス公認世界記録です。

中学は水泳部、高校は水泳部がなかったので陸上部。大学時代にトライアスロンを始めてみたところ、世界大会へ派遣されることになり、好成績をあげて帰国後にはプロ契約オファーが待っており、プロ選手としてのキャリアをスタート、日本ランキング1位のトップ選手として活躍。稲毛インターでは選手兼コーチとして、76歳から稲田さんの指導も担当。現在、アスロニア取締役副社長。Athlete Works主催、プロ・コーチ。稲田さんに対してはほぼ毎月開催するトレーニング合宿での指導、海外レース帯同などサポートを継続しています。
※この記事は、2018年12月開催セミナー「85歳の身体パフォーマンス論」(東京・渋谷 株式会社メイクス カンファレンスルーム)の内容を編集部にて再構成してお届けしています。
(構成:ウェルビーイング・ラボ編集部)