
妊娠中&出産直後のトライアスロンby 西村知乃
<このページのまとめ>
- 日本とデンマーク、妊婦の運動への文化の違い
- 妊娠35週の海外旅行体験
- 運動してはいけない体質の妊婦さんはいる
- トレーニングの基準は無く、細心の注意を払いながら
- 産前トレーニングの最大の目的は、出産後にスムーズに競技復帰をすること
日本の妊婦は運動させてもらえない
私は2017年10月のアイアンマン世界選手権で表彰のステージに上がってみて、
という目標を立てました。その直後に妊娠がわかり、達成時期は1年ほど先に延ばすことにしましたが、目標自体を変えることはなく、産前産後を通じてトレーニングはほぼ継続してきました。
この1年半近くの経験から、「妊婦さんに対する社会の目線」を意識するようになりました。
日本では「妊婦さんは安静に」というイメージが強くて、妊婦さん本人も、周りも、運動することに対して慎重です。
私の体験として、たとえばスイム練習できるプールを探すと、
といったルールにぶつかります。「妊娠したら強制的に退会」させられるジムもあるようです。
ちょっと戸惑った経験もあって、私があるスポーツクラブに初めて行って利用していたら、従業員の方に口頭で利用を禁止されたがあります。
でも私、事前に規約を確認して、妊婦の利用制限が書かれていないのを確認してから行ったんですよ。
ちょっとショックだったのはここからです。
妊婦はシャワーすら使わせてもらないんです。
「妊婦はシャワーすら使わせてもらえない」(ブログ「もののけひめの奮闘記」2018.4.30)
妊娠35週の海外旅行
「日本では慎重です」と言ったのは、私が妊娠中にフィンランドとデンマークに行った体験との比較です。
ええ私、妊娠35週のタイミングで飛行機に乗って海外旅行に行ったんです。
この時も、日本と海外との妊婦についての意識差を体験することになりました。
まずは飛行機の問題。日本の航空会社は36週までは条件なく飛行機に乗ることができ、37週以降は医師の診断書が必要、39週以降は医師の同伴が必要です。私は36週に入る前日に帰国する日程なので問題なく、3ヶ月前に余裕を持って予約しました。
でも出発前日の夕方になって航空会社から電話があり、
出発前日の夕方ですよ。英語の診断書を。
すぐに病院に電話をすると、英語の診断書は書いたことがないとのことで、私が英文を書いて持参して、無事に診断書を取得できました。旅行をキャンセルせずに済んだのですが、航空会社さんも、妊婦への対応に慣れていないのかなとも思いました。
もう1つの問題は保険でした。「妊娠・出産にかかわる疾病の補償はしない」という内容の保険ばかりなのです。中に、「妊娠初期の症状に対する治療については支払います」というものもありましたが、補償対象は妊娠22週まで。
そこで私は世界の海外旅行保険を探しました。すると、ありました。妊娠36週以前で、それまでの妊娠経過に特に異常がなかった場合、妊娠に関する医療費も対象となるものが。(※不妊治療による、あるいは双子以上を出産予定の場合は、妊娠18週以前まで、等の条件はありました)
“Bupa Global Travel Insurance” という保険で、価格は1週間71ドル=7800円(110円/$)と、日本の一般的な海外旅行保険の2倍ほどしますが、補償額の上限はなく、医療費、入院費、外来診療、救急搬送費、本国帰還費用等、100%補償してもらえ、旅行中のスポーツの事故でも補償されます。
つまり、
という保険です。日本語の情報だけでは行動が制約されてしまうんですね。
海外の妊婦は運動あたりまえ
旅行先のデンマークでは3回ジムに行き、プールを利用しました。妊娠35週でも全く特別扱いされませんでした。
受付では
(なぜそんなこと確認するのか不思議そうな表情の受付さん)
と、日本と全く違います。「日本では妊婦の利用を禁止しているプールが多いんですよ」と言うと、かなり驚いていました。日本にあった妊婦さんの行動を抑える空気が、ここには全くないんだと実感しました。
お医者さん・助産師さんの理解
このとき心強かったのは、お医者さんとの信頼関係で、とくにトレーニングについて理解いただいていたことです。
私は家から一番近い助産院で産みまして、この点、よく理解していただいていました。
助産院では医療行為ができないので、検査などは連携する病院で行きます。その先生も古い考えにとらわれていない柔軟な方でした。
と、何を言っても驚くことがないんです。妊娠判明時に診ていただいたお医者さんからは怒られているので(第一回参照)、お医者さん選びで行動はまったく変わってしまいます。
JISS(国立スポーツ科学センター)の出産前プログラムへ
話を戻すと、私は2017年12月に日本トライアスロン連合(JTU)を通じてこのプログラムを紹介され、推薦の手続きを進めていただいて、無事審査を通りました。年が明けた1月からプログラムを開始、JISSに週1度通うようになりました。フルタイムで働いているため、上司に事情を説明して、毎週1度の午後休を許していただきました。これまでもレースの度に一週間ほどお休みをいただいてきましたし、職場の理解がありがたいです。
JISSの妊娠期トレーニングサポートプログラムは、「トレーニング」「栄養」「心理」の三つの分野に分かれていて、それぞれの専門家からサポートをしてもらえます。
各回
- 診察(15分)
- トレーニング(2時間)
- 診察(15分)
- 栄養指導(45分)
といった順序で、心理サポートは不定期です。
産婦人科医学からみた「妊娠期のスポーツ」の影響について
JISS さんでは、産婦人科医さんにも付いて頂いていました。トレーニング前後に必ず婦人科の先生が診察し、異常がないことを確認してもらいます。診察では超音波などを使い、
- 子宮頸部が短くなっていないか?
- 子宮収縮が起こっていないか?
- 子宮口が開いていないか?
- 胎盤の状態は?
などをチェックします。
運動の衝撃で胎盤が剥がれる、早産、といったトラブルを恐れる方は多いと思いますが、別に医学的な根拠があるわけではありません。
もちろん、本当に運動してはいけない人はいます。「子宮口が開きがち」「子宮頚部が短い」などケースです。
通常は、出産が近くなると子宮口が徐々に開いてきますが、正期産のタイミングより前に開いてしまうと、切迫早産の危険性があるとのこと。もともと子宮口が開きやすい体質の人はこのリスクが高く、絶対安静が求められます。また胎盤が剥がれてしまうと(常位胎盤早期離脱)、母子ともに生命の危機になってしまうので、胎盤の状態を確認することも重要です。この胎盤が剥がれる理由は、はっきりはわかっていません。
逆に、こうしたリスクがなければ、運動による悪影響は証明されていません。
証明されていないとは、「それまで異常なく順調だったのに、突然そういう状況になることもある」ということでもあります。
万が一、そういうことが起きた時、もし運動をしていたら、運動のせいにされてしまうのでしょうね。だから私は、なにかあった時に無理をしないように細心の注意を払ってきました。
妊娠中にどれだけ運動ができるのか
実際、私は運動しても問題はなく、ハーフマラソン(21km)は予定日7週間前の妊娠32週目まで毎月出ていました。
ただ、妊娠6週目から16週目にかけて(11月下旬~1月いっぱいくらい)、「つわり」がひどい時期があって、その間はあまり動けませんでした。1月に入ると少し楽になってきて、波はありましたが、それでも1月にまたハーフマラソンを走れるようになりました。
その後は、わりと普通にトレーニングできるようになっています。つわり等なければ、運動はできてしまうものでした。ただお腹が大きいので、体の動きが制限されます。
産前の方が時間があって、多い時で週に20時間の練習をしたこともありました。産後は体のダメージが残ります。また赤ちゃんもいるのでトレーニング時間も取れません。
JISSのトレーニング支援
JISS の産婦人科医さんが診ているのは、純粋に産婦人科医としての診療で、トレーニング内容に入ってくることはそんなにはありませんでした。
「これくらいトレーニングすればいい」といった基準や目安のようなものは無いようです。絶対的な NG ゾーンみたいなところを産婦人科医さんは見守っていて、その範囲内では自由にして、といった形です。
その安全地帯の内側で、JISSのトレーナーさんが、産前産後専門のトレーニングを行ってくれます。
トレーニングは、担当トレーナーの方とマンツーマンで行います。しかも何かあったときにすぐに対応できるように、婦人科の先生もずっと隣にいてくださいます。とても手厚いサポートで驚きました。
産前トレーニングの最大の目的は、出産後にスムーズに競技復帰をすることです。そのために、
- 分娩による身体へのダメージを抑え、良い出産をすること
- 妊娠による筋機能低下の抑制
を目指します。
「筋機能低下抑制」とは、例えば妊娠によって起こりやすい「腰痛」「骨盤底筋の緩み」を抑えるために、腰回りの筋肉を鍛えていきます。
また、妊娠の経過により姿勢も変わってゆき、出産により骨格にも影響があります。そこで、「三次元人体計測システム」を使った姿勢チェックも定期的に行います。身体の変化を確認し、それに合わせたトレーニングをトレーナーさんが考えていただくのです。
JISSのプログラムは3月末の事業年度で一度終わり、4月から7月の出産までは、自分でトレーニングを続けていました。