
日本列島縦断レースの8日間 by 3人のサラリーマン完走者
“大人の冒険”は人生を豊かにします。その最高峰の1つが、日本海から太平洋まで415km、日本三大アルプスを超える垂直移動距離は約27km、2年に1度開催される日本列島縦断レース「トランスジャパンアルプスレース」ではないでしょうか。
ウェルビーイング・ラボでは、2018年8月の大会を完走した30代〜50代のサラリーマン、岡田泰三さん(54歳)、阿部公一さん(38)、吉藤剛さん(35)の3名をお迎えし、チャレンジの一部始終をお話いただきました。2018年9月のセミナー内容を再構成し、冒険の一部始終をお届けします。
< 目次 >
1. 縦断レース本番 ①苦痛2. 縦断レース本番 ②前へ進ませる力
3. 出場までの過程
4. 選考会の突破法
5. 大人の冒険
1. 縦断レース本番 ①苦痛
<このページのまとめ>
◆ 幻覚が見える◆ 体脂肪が枯渇して体が動かない
◆ がんばり過ぎてはいけない
◆ 極限状態ほど必要になる、食事、睡眠
◆ レース中はネガティブ9割
幻覚
— 完走おめでとうございます。どんなレースでしたか?
阿部公一(あべ こういち)さん、国際税務コンサルタント、38歳、写真左(以下阿部):
阿部と申します。2018年夏の大会に初参加し、完走しました。このレースは、制限時間に間に合わせるために、寝る時間も惜しんで走り続けます。寝ないで走っていると、意識が朦朧として、幻覚が見えてきます。話には聞いていたんですが、今回、最終日に幻覚が見ることができました。嬉しかったです。(会場笑)
私が見たのは、幻覚としては初級編で(会場笑)
— 幻覚! みなさん見るものなんですか?
岡田泰三(おかだ たいぞう)さん、航空用ガスタービンエンジニア、54歳、写真中央(以下岡田):
岡田です、私は2016年、2018年と2回完走しましたが(※この大会初の50代での2回連続完走者)これまで3回くらい幻覚を見ました。(平然と)
始めて見たのは分水嶺トレイル大会で、仕事も忙しくて前日ほぼ徹夜で準備して、睡眠不足のままスタートしてしまったんです。すると夜間、スポットライトに照らされたように人が立っている。
2016年に縦断レースに出たときは、最終日に来ました。
あと、南アルプスで○○さん(仮称)が応援に走って来てくれたんですが、彼のスキンヘッドの頭がよっぽど強烈だったのか、球体が全て○○さんに見えました(会場笑)。ここにも○○さん、そこにも○○さん、
今回2018年は、なぜか阿部さんと同じで、切り株が黒猫に見えて、文字も見えました。そこらへんの地面とか、壁とかに、わけのわからない文字が見えるんです。
吉藤剛(よしふじ ごう)さん、市役所勤務、35歳、写真右(以下吉藤):
吉藤です、よろしくおねがいします。私は前回に初出場して18位完走、今回2018年は6位で完走しました。私が幻覚を見たのは2015年の「分水嶺トレイル」の最後のほう、ヤブ漕ぎ区間です。
このトランス・アルプス・ジャパン・レースでは見たことがないんです。たぶんちゃんと寝ているからですね。
やはり、睡眠不足が極限に達した時に、幻覚が見えるんだと思います。
体重と体脂肪
— 体重や体脂肪の変化はどうですか?
吉藤: 前回2016年レースでは、体重68kg、体脂肪率15%くらいでスタートして、途中あまり食べなかったら、ゴールでは5kgくらい落ちて、体脂肪率も10%減って5%くらいになってました。げっそりガリガリにやつれてました。
その反省で、今回は直前にしっかり食べて、66−67kgくらいまで体重を増やしてからスタートしました。レース中もしっかり食べ続けて、ほぼ同じ体重のままゴールできました。
普通の短めのレースだと、ジェルの糖質だけとか、あまり食べずに動き続けるんですが、このレースは長いので、しっかりとしたご飯を食べ続ける事が大事です。
阿部: 私も体脂肪率は10%ぐらいです。トルデジアン大会の時には絞って7%ぐらいでスタートしましたが、そのレースで腸脛靭帯炎を発症してリタイアした経験があります。そこで今回は、体脂肪を低くしすぎない、むしろ意識して食べる、ということをしていました。
岡田: 私の体重は、ふだん70kg、体脂肪10%くらいです。ただ装備は1つ1つをグラム単位で測って軽量化して臨むわけで(※岡田さんの装備軽量化への徹底的な取り組みは有名)、体が重いと軽量化の意味がなくなってしまうかなと、今回68kgくらいに落としてスタートしました。
岡田: すると、レース中に体脂肪がなくなってしまいました。お腹とか触って
心身のエネルギー枯渇
そしてわかったのは、皮下脂肪がなくなると、ちょっとの補給ミスで、すぐに*ハンガーノックを起こしてしまうということです。
(*ハンガーノックとは、長時間の運動の結果、体内のグリコーゲンが枯渇して低血糖に陥り、エネルギーを失った状態)
最終日、390km地点でハンガーノックになってしまいました。最後の最後、残り5kmの静岡駅を越えてから2回目のハンガーノックになって、脱水もあって、10分ぐらい動けなかったです。
このとき、何時までにゴールしたい、という目標を決めていたのですが、達成できないとわかった時に、精神的な落ち込みが激しく来ていました。心が折れちゃったんですね。そこに空腹の身体的ショックまで襲って、体まで動かなくなってしまいました。
でも、ゴールで待ってる人もいるので、心を持ち直して、とぼとぼと歩き直しました。結果ゴールできましたが、悔しくて、あまり喜べないゴールになってしまいました。
2016年大会の時は「絶対無理はしない、頑張るな頑張るな」と自分に言い聞かせて完走しました。今回は「一日一回は頑張ろう」と決めて、 夜寝る前に「今日は一日頑張った!」と自分に言えるようにと走っていました。それが裏目に出て、頑張りすぎてしまった形です。
次に走ることがあれば、体重を変えずに、体脂肪率10%のままで行こうかなと思っています。それでレース中に7%ぐらいまで自然に落ちるかなと。逆に、その体重に耐えられるような脚力、筋力を高めにいく準備が必要かなと思います。
食事と睡眠はレース中でも重要
吉藤: このレースは長すぎるので、食べる、眠る、ということがものすごく大事です。きちんと食べないと力が出ません。レースというより、登山経験の方が近いです。
岡田: レース中の休養・回復は本当に重要ですね。前回大会では私は睡眠時間を削って長く動けるようにしようと思っていたのですが、それでは体がボロボロになってしまうことがわかったので、今回は前回の倍ぐらい寝るようにしました。
吉藤: 私もレース中の睡眠は、1日4時間と決めてしっかり寝るようにしました。前回の倍ぐらいです。途中、悪天候で身体が冷えたり、胃のトラブルも起きましたが、休憩して回復させることでダメージを最小限にできたと思います。レース中の幻覚も、結局は睡眠不足が原因ですね。
あと前回は雨が降っている時に足がふやけてしまったので、朝起きたら足裏に保護クリームを塗って、マメができないようにしました。シューズが濡れて足にマメができて、破れて走れなくなる人は結構います。
暴風雨の夜
— 他に、レースの辛さはありますか?
阿部: 基本、レース中はつらいです。9割つらい。ゴール後は、良かった!楽しかった!といいことばっかり言ってますけど(笑)
特に前半は天気が悪かったし、雷もあったし。
岡田: *市野瀬のデポで
(*市野瀬のデポとは、食料など各種物品のデポ(一時預かり)が唯一可能なチェックポイント。全ルートの中間過ぎあたり、中央アルプスと南アルプスの間にある)
吉藤: メンタルのキツさは、体調にも左右されますが、気候でも左右されます。
今回、暴風雨で、風速20mくらいで、雨は弾丸のようにバチバチ当たってきて、しかも深夜。歩くのもやっと、なんて状況もあって、これはキツいですね。こんな中で山に入るのはメンタルがかなり沈みます。ストックシェルター(簡易テント)で寝るにも、ビチャビチャに濡れてるし、浸水もしてくるし。私はそこでコースミスしてしまって余計に走ることになって、さらに気持ちが落ちて。
でも翌日は晴れ予報と出てたので、それを信じて、今夜はなんとか乗り越えようと我慢しました。翌日は予報通りで、*聖岳あたりは快晴で、最高でした。
(*聖岳は標高3013m。標高3000m前後の稜線が続く南アルプスにある日本百名山の1つ、絶景ポイントです)
岡田 今年はずっと天気が悪くて、寒くて、ずっとつらかったですね。
私の初出場の2016年の時は、天気が良かったので、つらかったという感覚がなかったんです。最終日だけはマメが潰れたり辛い思いがあったんですが、全体では「人生最高の夏休み」という気分でした。むしろ試走の時の方が、夜の雨の中を走ったりして、つらかったです。
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